ミンガ・ラーパ!ミャンマー!
〜フレンドリーな国、ミャンマーを訪ねて〜 #2
菊正敏

200015

2.ミャンマーという国

(1) 略史
9
世紀以降、チベットから南下したチベット・ビルマ族系諸部族の群雄割拠時代を経て11世紀にビルマ族による最初の統一国家パガン王朝が建設された。18世紀、現マンダレーを首都とするアラウンパヤー王朝が全国を統一したが、1886年イギリス領インドの1州となり王朝は滅亡した。その後日本軍に援助され1943年に独立したが、見せ掛けの独立に反対する抗日闘争が展開された。1948年、イギリスに属さない連邦共和国として独立。1962年、ネ・ウィン軍事政権が成立、「ビルマ型社会主義」路線を進め、1974年、国家を社会主義共和国として規定した。
1988
年、3月と6月にラングーン(現ヤンゴン)で学生の反政府運動が発生、ネ・ウィン政権が崩壊。だが再び軍がクーデターをおこし実権を握る。1989年に国名をビルマからミャンマーに、首都もラングーンからヤンゴンに改する。1990年、30年ぶりの総選挙でアウン・サン・スーチー率いる野党の国民民主連盟が圧勝するが、軍は政権移譲を拒否、スーチー女史を軟禁する。91年、自宅軟禁中のスーチー女史がノーベル平和賞に選ばれ、95年にやっと彼女の軟禁が解除された。非同盟中立が基本だが、外交は孤立化。977月、ASEANに加盟が認められた。なお、世界最大の麻薬生産地「黄金の三角地帯」を抱え、アヘンやヘロインが密造されている。

(2) 自然・産業・文化
インドシナ半島の西部一帯を占めるミャンマーは、国土面積は日本の約1.8倍、人口は約4500万人(99)である。気候は南部が熱帯モンスーン(Am)、内陸部分が亜熱帯気候に属する温暖冬季乾燥気候(Cw)で、私達が訪れたのは一番旅行のしやすい乾季であった。国土のほぼ中央をエーヤワディー(イラワジ)川が流れ、その流域に南北に長い平野を形成している。エーヤワディー川の東側にはシャン高原が広がり、西側にはパトカイ山脈・アラカン山脈が南北方向に走っている。このシャン高原やパトカイ山脈は新期造山帯のアルプス・ヒマラヤ造山に含まれ、過去には大きな地震も発生し、特にバガンの遺跡などに大きな被害を与えた。
民族構成はミャンマー(ビルマ)族69%を中心に、シャン族8.5%、カレン族6.2%、アラカン族4.4%など135の民族で構成されている。宗教に関しては軍事政権下ではあるが特に制限はなく、上座部(小乗)仏教が約90%、キリスト教4.6%、イスラム教3.9%の他ヒンズー教・アミニズムもみられる。ヤンゴンなどの大都市ではモスクやヒンズー寺院、ユダヤ教寺院も見られた。
主な産業は農業で、米は第一の輸出品(約21% 9495年)となっている。また高級家具の材料となるチーク材、豆類がそれに続く。日本との貿易ではエビ、ゴマ、木材、豆類が日本へ輸出されている。

つづく

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