ミンガ・ラーパ!ミャンマー!
〜フレンドリーな国、ミャンマーを訪ねて〜 #13
菊正敏

2000714

13.王宮への道は遠かった!

19日(日)。ホテルの近くにイスラム寺院があり、毎朝4時ごろからコーランのお経がスピーカーから響いている。加えて仏教の宣伝放送?お経?が何処からか聞こえてきてやたらうるさい。夜10時頃には寝てしまうので、まぁ、目覚ましがわりにはなるが…やはり眠たい。

今日は午前中は旧王宮を見学し、午後、金箔工房に行った後、夕方の飛行機で仏教遺跡が残るバガンへ向かう予定だ。さっそく旧王宮へ向かうことにするが、ガイドブックにはチケットは事前にMTT(ツーリストインフォメーション)で購入することと書いてあり、王宮に行く前にスワンホテル内のMTTに向かう。夕方はやや涼しくなるとはいえ日中の日差しはきついが、天気もいいし、56kmとちょっと距離はあるが歩いていくことにした。歩いていくうちに徐々に汗ばんでくる。王宮の幅約70mの壁に囲まれた城壁づたいに歩いていくのだがこれが結構遠く感じる。王宮は一辺が約3kmの敷地の中にあり、入り口もたった一つで、それも我々のホテルの丁度反対側の東側に位置するため半周は必要だ。フツーの旅行者ならサイカ(自転車の横に2人分の座席がある。サイドカーの短縮形)かタクシーを利用するのだが、テクテク歩いている日本人が珍しいのか注目される。やっとの思いでスワンホテルのMTTを見つけ「入場券下さい」と言うと、係は「今年からここでは王宮の入場券は売りません。直接王宮で買って下さい」と応じる。「マジデスカ?」と我々は気力を失いつつ再び王宮の入り口目指し、残り1.5kmの道のりを歩き出した。遠くにマンダレーヒルを眺め、緑で囲まれた王宮や城壁、静かで太陽の照り返しが美しい濠、道路の所々に咲き誇っているブーゲンビリヤに励まされ、唯一開放されている東側の入り口に到着した。

外国人観光客はここでも厳しいチェックを受ける。まずいつもの外国人入場券(5$)を購入し、別の係の人、軍人さんの所に行ってパスポートナンバー、国や名前、滞在ホテル名などを記入しやっと入場が許される。ところが入り口から敷地の中央にある王宮まではまた1kmくらいある。「まだあるのかー」と半分ヤケになる。ここまで来たら歩くしかない。バテ気味ワイフにはいい迷惑だったと思うがやっと完走。サイカなら20分もあれば着いたのに我々は2時間近くかかって到着した。王宮への道のりは遠かった…。
この王宮はミャンマー最後の王宮となったコバウン朝の王宮で、一変3km幅の正方形の敷地は広い。王宮はマンダレーへの遷都を決定したミンドン王が1857年から建設し4年後に完成した。しかしイギリス占領、続いて日本の占領のなかで戦闘に巻き込まれ、当時の王宮は焼失し、残っているのは城壁だけとなった。戦後はミャンマー軍の施設として利用されたという。現在は敷地内に民間人も住んでおり、王宮の周囲には民家が何件も見られた(王宮の警備関係か?)。数年前に再建された旧王宮の建物群は敷地のほぼ中央にあたる。新しさがあり、やや物足りない部分はあるが、当時の栄華を感じさせるには十分であろう。円筒形の監視塔の上からはマンダレー市街地やマンダレーヒルが一望できた。この監視塔の上には汗をかいて上がってくる観光客相手のアイスクリーム売りのおじさんがおり、我々にも盛んにエールを送っていた。

帰りはさすがの私もサイカを利用。王宮の建物の近くに2台のサイカが客を待っており、さっそく交渉した。「マンダレー駅までいくら」「一人500k(チャット)」「高い!二人で500k?」「だめ」。「席がふたつあるよ」「きついんだ」「じゃー歩くからいいよ」と、我々が歩き始めると追っかけてきた。英語のわかる若い男が「一人400kは?」ときたが、我々は「乗らない」。そして炎の交渉人、我がワイフの出番だ。「二人で500k!いいでしょ!さぁ、出発!」「…わかった、二人で500kね」としぶしぶではあるがOK2台のサイカで彼の仲間にもおこぼれを、と考えていたんだろう。駅に着き、一生懸命ペダルを踏んで汗いっぱいのドライバー氏に100kのチップを渡すと、「サンキュー」の言葉が笑顔と共に返ってきた。

つづく

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