「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 8-5

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第2部 旅にまつわるしょむないこと
第3章 哲学としての旅 (5)帰ってきて変わったこと

いろんな思い出とともにぼくは日本へ帰ってきた。やはり、帰ってきてまず感じたことは時間の流れる速度が速すぎるということだった。地下鉄に乗っても、街を歩いていてもそのことを感じないわけにはいかなかった。
 その次に感じたことは、人々に表情がないということだった。街を歩いている人も、電車に乗って周りをみてもだれも笑ってなかったし、みな、無表情のままだった。別にいいとも悪いとも思わなかったが、帰ってきたばかりのころは、正直いっていささか奇異に感じた。

 あと、自分のことついて。
 ぼくはだいたい自分の部屋にいるときは、ラジオを聞いたり、音楽をかけたり、常に音のある生活をしていた。がしかし、帰ってきてしばらくはほとんど無音、つまりなにも音のない生活が続いた。ぼくは旅をしている間、現地のテレビ以外は音のない生活をしていたので、きっとそれに慣れていたんだと思う。しかし、この無音生活も1週間くらいで、もとの有音生活に戻ってしまった。なんとなく。無音生活もそれなりにぼくは良かったと思っているんですが、やっぱり根がさみしがりやなのかなあ。
 あと、前に比べ比較的ものごとのYes,Noをはっきり言うようになったような気がする。そして、その判断する速度が少し速くなったようだ。だって、市場とかで買い物しててグズグズしてたら、すぐに足元を見られてしまう。即座に判断しないと「ああ、こいつは相場がわかってない」ということになんるからね。それと買い物をしてて「これもうちょっと安くならないかなあ」と思うようになっていた。でも、これは当然日本じゃあ無理なこと。これはすぐもとに戻った。
 あと、無音生活とも関連があるのかもしれないが、新聞をあまり読まなくなった。 仕事がら、ぼくの職場にはいつも大量の新聞がある。旅行に出る前まで、ぼくは、自分の勉強のため在京6紙を全部読んでいた。しかし、帰ってきてパタリと読まなくなった。まあ読まなくなったといっても2紙くらいは読む。でも、6紙が2紙になったんだから、単純に考えて3分の1になったことになる。いったいどうしてこうなってしまったのか、自分でもよくわからない。それまでは読んでおかないと不安で不安でしかたなかったのに。
 旅に出て現地でリアルタイムで得られる情報は、まあせいぜいCNNテレビと地元英字新聞くらいだった。あとはなし。日本のニュースなんてぜんぜん入ってこなかった。でもそんなもの、なきゃないでまったく平気だった。
  
 まあ、そんなとこかな。

(注1) 『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』(村上春樹著 朝日新聞社) 「イタリア車は楽しい」より

おしまいに

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