「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 8-3

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第2部 旅にまつわるしょむないこと
第3章 哲学としての旅 (3)ホーチミン・シティの走行物について

 バイクだとか自転車でホーチミン・シティを走り回るのは、ほんとなんかよくわからないが、楽しかった。なぜだかいろいろ考えてみて、ある1つの結論みたいなものにあたった。

すべての走行物が意志を持って走っているから

である。
 ほんとに、どんなに大きい道路でも、「ぼくはこの道を横断するんだ」と思いながら横断すると、まるで魔法のようにすいすいとバイクがぼくを避けてくれる。逆に、あまり意志をもたず、なんとなくふらふらと歩いていると、「ぷーぷー」となってしまう訳だ。 たしか、村上春樹氏のエッセイの中に、「ローマの車には、表情がある」(注1)みたいなことが書いてあったが、その意味がホーチミン・シティに来てほんとよくわかった。ほんとにみんな、表情というか意志を持って走っているのが。
Anhも言ってた。「事故なんてない」と。そう、みんなちゃんと考えて走ってるんだ。その証拠に(と言えるかどうかわかわないが)、ぼくの乗ったバイク・タクシーはどんなにすいてる道路でも、絶対時速42、3キロ以上のスピードは出さなかった。おそらくこのくらいの速さが、人間が二輪車の後ろに乗っても恐怖を感じないギリギリのスピードなんだろう。とにかく、信号とか規制するものがほとんどない分、本能に根付いた感覚が働くんだろう。初めはあんなに恐かったホーチミン・シティの道路も、ちゃりで走ってもぜんぜん怖くなくなった。
 
 日本の道路(まあ、欧米もそうなんだろうけど)では、よく交通事故が起こる。それは、車は車、人は人ともう精神的に完全に分離されてしまっていて、自動車の運転手は、歩行車のことなんかあんまり考えない。だから、人とぶつかって死んでしまうしまうほど、人のいるところでスピードを出してしまうんだとぼくは思う。逆にホーチミン・シティは、まあこのくらいないらぶつかっても(現にぶつかった現場をぼくは見たことないんだけど)死んだりしないだろう、くらいのスピードしか出さない。また、逆に「よけない方が悪い」という考えが頭のなかにあるから、ぶつかる寸前のところまでほんとにブレーキをかけない。慣れないうちは結構ひやひやした。
 どこの世界にも「見えないきまり」みたいなものがあるのだ。

第2部 第三章(4)へ続く
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