「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 8-2

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第2部 旅にまつわるしょむないこと
第3章 哲学としての旅 (2)ツアーと個人

 今回の旅でぼくは、それほど多くの日本人たちと出会うことはなかった。そんな旅の最後にホーチミン・シティの戦争証跡博物館で日本の団体観光客らしき一団に出会った。彼らは手に手にカメラやホームムービーのようものを持ち、興味深そうに展示物をながめていた。10人くらいの団体は、熱心にツアーガイドの話に聞き入り、よそ見をしたり、ふらふら別の展示物を見に行く人は1人もいなかった。ぼくは日本人なのだが、その光景はぼくの目には非常に異様に映った。 そのときばくは、「ああ、これは自民党政権の下にある日本と同じだな」となんとなく思った。

 つまり、自民党は「君たち国民(市民)はまだ成熟しきってなくて、自分でいろいろするんじゃなくて、ガイドしてもらう必要があるんだ。だから、ぼくたちがリードしてわからないことがあれば、ね、丁寧に説明するからぼくたちについておいで」というスタンスを終始一貫してとっているんだと思う。
 その上で自民党の政治家たちは、既得権におぼれ(官僚も同じく)、平気でうそをつき、自己保身のみに興味を抱いている。これは国民(市民)を「未成熟でなおかつ、自己としての意志を持たない人たち」と位置づけているからである。で。現に自民党が政権を握っているということは、その位置づけがあながち間違っていないという証明にもなる(ちょっと硬くなってしまいましたね)。
 たしかにツアー旅行の利点はある。団体行動だから安く済むし、なにより「安全・安心」だ。つまり、魚の群れと同じ。まあそれが団体旅行くらいならいいのかもしれないが、その同じ構造が地域(コミュニティ)や会社を形成し、やがて市町村・地方自治体を形成しそして国家を形成するとどういうことになるのか…。
 そんなことが現在の日本の国家を形成している基礎になってしまっているんではないんだろうか。

第2部 第三章(3)へ続く
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