「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 6-4

ふくちゃんへのメール : route66@mail.webnik.ne.jp
第2部 旅にまつわるしょむないこと
第1章 この旅にまつわるしょむないこと:(4)独り旅について

 独りで旅をするのは久しぶりのことだった。いやあ、旅行するのさえ久しぶりなんだから。まあ、正確に言うと、独り旅も初めてということになるのだが。
 前回、ぼくが独り旅(らしき)ものをしたのは7年前。大学1年生のとき。7月にそれまで勤めていた会社を辞め、無職になったばかりの1992年8月のことだった。 東京から山形、秋田を通り青森へ。そして、そこから一気に福島・郡山まで南下し東京へ戻ったのだが、この旅。ほんとに独りっきりだったのが、東京から山形・砂越までの列車と、さごしから青森までの列車のなかだけ。あとはつねに周りに友だちがいてくれた。だからこれはもう、独り旅とは言えない。
 そして、今回は海外。しかもヴェトナム。そう、もう話相手なんかいない。
 
 でも、そんな不安をよそに、今回の独り旅はすごく楽しかった。ほんと。第一、誰もぼくに干渉しない。当たり前だ、独りなんだから。「あれを見に行こう」とか「こんなことしよう」とか、だれも言わない。すべて自分の意志で動く。しかし逆に、自分なりの考えや「よし、こうしよう」という意志がないと動くことはできない。だがしかし、ぼくの場合、外に出るとヴェトナムの人たちは必ず向こうから寄ってきた(まあ、寄ってくる人はさまざまなんだが…)。だから、さみしいとか言うことはまったくなかった。
 あとは、もうごらんのように、ありとあらゆることを、書きまくった。これはきっと話し相手がいないことの反動なんだろうな。もう、なにもしゃべれないどころか、どこからも日本語が聞こえてこない。ほとんどがヴェトナム語で、あとかろうじて英語だけ。まあ、いいホテルに泊まると、CNNとかを見ることができて、英語の情報を入手できる。あと、現地での情報源は英字新聞。ぼくは「VietNam News」という新聞をよく読んでいた。3000Dでなかなかの情報量だった。

 という訳で、ぼくはまったくの日本語欠乏症となってしまい、これはもう自分自身と対話して自分自身で日本語を生産していくしか方法はなくなってしまったのである。でも、この体験はぼくにとってすごく貴重だった。なにせ、自己と対話しながら言葉を生産することを初めて体験できたんだから(そんな大げさなことではないんですが…)。現地ではだいたい、1日中歩き廻ってたので、ホテルに戻るともうほとんどくたくた状態だった。そこから、だいたい1日平均2時間くらいなんか書いてた。よくまあ、これだけしょむないことをいろいろ書けたもんだと、自分でも関心してしまった。
 こんなことは、もう独り旅じゃないと絶対できない。だって、だれか話し相手がいたら「あー、今日はほんとおもしろかったね」とか「ありゃすごかった」とかなんとか話をして、それできっとおしまいなんだろうな。まあ、それでも楽しいんだろうけど…。なんかちょっとさみしいかなあ。そういうのって。なんかいろんな言葉が「パッ」と泡のように消えていってしまうみたいで。
 でも、有名な作家の人とかが外国に行って文章を書いたりするとかいう気持ちがなんとなく(ほんと、なんとなく)わかったような気がする。第一、時間の流れる速さがもうぜんぜん違う。まあ、ヴェトナムとしか比較しようがないんですが。日本(特に東京)はもうほんと速すぎ。少なくともぼくに関してなんですが、東京なんかでゆっくりモノごとを考えたり、なにか新しいモノを創り出すのは不可能。こんなに、やいのやいのと時間に追い回されていたらとてもじゃないけど、まともにモノを考えるのはムリ。
 少なくとも、ヴェトナムと東京の時間をぼくが比較してみると、東京はヴェトナムのそれに比べずっと速く時間が流れていっている。もう少しそこに留まっていたいのに、時計の針がどんどん追い立ててくるといった感じ。だから、旅行から東京に戻ってしばらくの間は、何もしなくてもただただ時間に追われることだけで、身体がなんとなく疲れた。
 それに対しヴェトナムは時間の流れが遅いので(ホーチミンン・シティは除く)、こっちからなにか仕掛けていかないと、時間が過ぎていかないという感じ。まあ、ぼくにとっては東京は日常で、ヴェトナムは非日常だったから、そりゃいちがいには比較できない。でも、時間の流れる速度は明かに違う。これだけは、今回の旅で実感できた確かなことの1つだった。

第2部 第二章(1)へ続く
ふくちゃんのホームページもよろしく http://www5.freeweb.ne.jp/travel/route66/