「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 4-3

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第1部 Viet Nam 日誌
第4章 光と風の街・ニャチャン  (3) リゾート・ニャチャン

7月16日 水曜日 曇り ニャチャン

 7:30起床。ああ、やっぱいいホテルはよく眠れる。そして、今日は1日ビーチの日。これはずっと前から決めていた。そう、ぼくはビーチにころころところがって、風と波に1日遊ばれながら過ごすのが夢だったのだ。実は、朝5:00に起きてビーチに行く予定だったのに…。無意識のうちの目覚まし時計をとめてしまったようだ。天気はなんと曇り。ああ、せっかくのビーチの日なのに。でも。雨は降ってない。よし、ビーチへ行こう!

 8:00すぎ、海パンをはいてビーチへ!
その前に朝ごはん。ビーチの前のレストラン。だれかが、おかゆみたいなのを食べてるのが見えた。あ、ぼくもそれが食べたい。メニューを見ておかゆみたいなのを頼んだつもりだったんだが、なぜかPhoがきた。あれ、まあ嫌いじゃないからいいけど…。よく考えてみれば、Phoもお米からできていたんだった。つまり、メニューに「Nudle」がつくかつかないかでPhoかおかゆか変わってくるのだ。でも、レストランのPhoは、正直いってあんまりおいしくない。でも、一緒にたのんだマンゴージュースはおいしかった。

 やっとこさ、ビーチへ。パラソルとデッキチェアを1日借りて1$。うーん、安い。そして海へ。水は少し冷たい。早朝にくると水がきれいと聞いていたのだが、寝坊したせいでちょっと水がにごってる。でも、きたないわけじゃない。そして、頬にあたる海からの風がすごくここちいい。
デッキチェアでころころところがる。ああ、これがしたかった。ころころころがってると、よく物売りの子(おばちゃんも)がやってくる。売って
るものはさまざま。パンみたいなの、えびやかにの海産物(その場で調理してくれる)、新聞…。そしてここにも、物乞いの人が。そんななか、ぼくがまずひっかかった(という言い方もちょっとね)のはTシャツ売りの少年だった。
 いろいろ話をして、Tシャツ2つを5$で買った。でも、この値段、実は少し高め。「ちょっと高いんじゃないの?」と言うと「お店には自分の足で行かないとだめだけど、ぼくはこうやってわざわざ売りにきてるじゃないか」と言われた。まあ、言われてみればその通りだった。
 ほんと、次から次へと物売りがやってきた。次は貝売り。実はぼくは、エビ、カニ、貝類には目がなかったのだ。蒸したホタテ貝が5つと、なんか大きい貝1つで15,000D。これに塩とライム(ヴェトナムの人はこれをレモンと呼んでいた)とチリのたれにつけて食べるんだが、これがまためちゃくちゃおいしい。
 ほとんどお金をもってきてなかったぼく。「これでは足りなくなる」と思い、一度お金を取りにホテルに戻る。ちょうど正午。ビーチのそばのレストランでハイネケンを買ってまたビーチへ。でもやっぱり天気は曇り。昨日はあんなに晴れて暑かったのに。
 でも、さすがに真っ昼間は物売りもこない。
 しばらく、ぼーっとしたり、新聞を読んだりする。

 1時間くらいして、ようやく物売りのおばちゃんが来た。おばちゃんはエビ売りだった。20センチくらいの車エビみたいなやつをぼくの前に並べて見せる。ああ、おいしそう。なんだかんだと交渉して、結局4匹3$で買った。目の前で焼いてもらい、またこれをさっきと同じたれにつけて食べるんだけれども、もうこれもまた、めちゃうま。ほんとに。きっとライムが食欲をそそるんだな。それにしても、魚介類とライムがこんなにあうとはちっとも知らなかった。それにしても、これはいける。 またしばらくして、ダラットから観光で家族でやってきたというおじさんと少し話をした。このおじさん、ぼくが日本人だということがなかなかわからなかったみないだった。マレーシア?とか、シンガポール?とかいろいろ言われ、5番目くらいにJapanが出てきた。そしておじさんはしきりに「ダラットはいい街だよ」と言ってた。ぼくは、ダラットに行く機会がなかった。ちょっと残念に思った。
 おじさんと話をした後、しばし昼寝…。

   ZZZ、ZZZ‥‥‥‥‥。

 起きたら15:30だった。そろそろ飽きてきた。ああ、そういえば最近、絵をあんまり書いてないな。と、絵を書いてると、今度は青年が寄ってきた。彼は18才でサイゴン(ホーチミン)から友だちと一緒にやってきたそうだ。いろいろ話をして、「ぼくはもうビーチは飽きた」と言ってホテルに帰った。
 シャワーを浴び、しばらくホテルでごろり。でも、どんどんおなかもすいてくる。また、ニャチャンの街へ行くか。今日は曇りだから、暗くなるのが少し早いみたい。18:00。カメラ片手に夜の街へ。

 とりあえず、おなかがすいてたので、屋台でPhoを食べた。久しぶりにPho Bo(豚肉入りPho)を食べた。うまかった。屋台のおっさんは英語がうまかった。発音もそんなにめちゃくちゃではなかった。
 どぼどぼと、ぼくがしょうゆ(正確にはこれは日本のしょうゆとは少し違う、ヌックマムというヴェトナム版しょうゆ)を入れてると、前にいた青年が「それじゃ、入れすぎだよ」と言った。ぼくがスープをすすってみるとたしかに少し辛かった。「うん、入れすぎだね」と言うと、青年も笑っていた。彼はぼくに興味を持ったらしく、Broken Englishでいろいろぼくに話かけてきた。そして、これからPartyがあるんだけど、来ないか?みたいなことを言われた(後にわかるが、これはぼくの勘違い)。どうせひまだったし、「ああ、いいよ」とついていった。すると彼はぼくを別の屋台へとつれていった。「実はここで友だちと待ち合わせしてるんだ」と言われ。飲物を勧められた。ぼくはなにも言わず待ってたらペプシが2つでてきた。ぼくが「ビールのほうがいい」と言うと、サイゴンビアにとり代えてくれた。ビールを飲みなが、また話をした。
 彼は音楽が好きで、ギターが得意だと言ってた。ちなみに「マイケル・ジャクソン知ってる?」と聞くと「知ってる」と言ってた。でもシェリル。クロウは知らなかった。ちょっと寂しかった。
 話をしているうちに友だちがやってきた。いや、実はそれは友だちではなくて、彼女だった。彼は「ビールはぼくがおごるよ」と言ってぼくにビール代を払わせてくれなかった。なんとなくのんきで楽しいやつだった。

 昨日と同じように、ニャチャンの夜はキラキラと輝いていた。その、キラキラの正体は、ぼくの泊まっていたホテルの近くにあった遊園地らしきものの放つ光だった。そこにはメリーゴーランドや観覧車があった。日本のものほど立派で派手ではなかったが、子どもたちは「きゃっきゃっ」とみんな楽しそうに騒いでいた。そして、夜店が軒を連ね綿菓子や人形を売っていた。日本の子どもたちの100倍、いや1,000倍くらい自由で楽しそうにぼくの目には映った。その光景はさながら、がちゃがちゃとしたおもちゃ箱をひっくり返したような、そんな、ほんとうに幸せそうな風景だった。 そして、おもちゃ箱の風景をカメラにおさめたぼくは、昨日から目をつけていた、"あやしいBar"へと乗り込むことにした。

 その"あやしいBar"はぼくが泊まっていたホテルのとなり、マニラ"超高級"ホテルの地下1階にあった。昨日その前を通りかかったぼくは、そのネオンのあまりのあやしさに探りを入れていた。「ねえねえ、ここはいったい何なの?バー?」と店員に尋ねてみる。「Yes Yes」と店員。必死になってなかの様子をのぞいてみるものの、なかは暗くてぜんぜん見えない。しかも入場料が、なんと、50,000Dと書いてある。うーーん。これはただの飲み屋じゃないな。これはもしかしてもしかすると、ここはちょっと…。ぼくの想像はとどまるところを知らなかった。ぼくの頭のなかは、ほとんど秘密の花園状態となっていた。
 カメラをホテルに置き、少し多めの金(といっても日本円で4,000円くらい)を持ったぼくは、不安と、そして大いなる期待を胸に"あやしいBar"へと向かった。 
 入場料50,000Dを払い中へ。その入場料のなかには1ドリンク含まれているとのことだった。中はほぼ真っ暗。ぼくは席につくまで何やら様子がよくわからなかった。席に座ってるとおにいちゃんが注文をとりにきた。緊張ですっかりのどが乾いていたぼくは「ビールが欲しい」と言った。すると「ビールは別料金になる」とのこと。ウィスキーならこのチケット(つまり入場料)で飲めると言われた。じゃあと、ウィスキーを注文。でも、のどが乾いてるのでぜんぜんおいしくない。「やっぱり、ビールが欲しい」とビールを注文しなおす。でも、やっぱり高い。缶ビール1本25,000D。でも、よく考えてみるとこれで日本の缶ビールの値段と同じくらい。金銭感覚が完全にヴェトナムモードになってしまっている。

 ビールを飲みはじめたころ、ようやくバーの様子がわかってきた。実はこの店、"超"(がついてもいいだろう)高級ディスコ&ダンスホールだった。
 音楽はバンドの生演奏。ぼくはほとんどそんなの聞いたことないので、すごくいい感じ。はっきりいってこれで入場料50,000Dだったら安い!でも、ここでぼくのかすかな夢はまさに"夢"と消えていったのだった。
 曲は、のりのりのダンスミュージックとしっとりのチークミュージックがだいたい交互にかかった。ぼくの知ってる歌もたくさんかかった。「Without you」(Nelson)、「All That She Wants」(Ace of Base)、「Love」(Lennon)など。そういえば、フエについた最初の日も、フォン河沿いのカフェから「Without you」が聞こえてきた。夕暮れのフォン河にとてもマッチしていた。それにしても、いい曲だ。
 でも哀しいかな、チークな曲はチークタイムをできるだけ長く持続させるため、テストパターンというか、同じことを何度も何度も繰り返し歌ってた。だいたい、オリジナルの3倍くらいは繰り返し歌ってる。正直いって、いくらいい曲でも、ちょっとくどい。
 はじめぼくはテーブルの席に座っていたのだが、一人でテーブルを占領しているのもちょっと気が引けたので、カウンターへと移った。そしてまもなく、ある女性がぼくに近づいてきた。

 彼女はぼくの横に座り、なぜだかあめちゃんをひとつぼくにくれた。彼女はぼくにいろいろ話かけた。そのとき、なんのためらいもなく、ぼくの腕やふとももに(もちろんべたべた触るわけじゃないよ)触れた。彼女は(あくまでも雰囲気的に)工藤静香をふくらませたような感じで背はぼくと同じか、ぼくより少し高いくらいだった。でも、決してブスじゃない。これは断言できる。なかなか愛敬があって、話をしててもとても楽しかった。
 間もなくして、太静香(便宜上、こういうあだ名にしておきます)は友だちを連れてきた。友だちは目がキリッとしててパッチリ、典型的なアジア美人だった。背丈は太静香ほど大きくなく、ぼくよりも小さかった。そしてなにより、太静香よりかわいかった。身につけているものも、太静香よりセンスかよかった。真っ白のワンピースを着ていた太静香とは対照的に、真っ黒のワンピースを着た彼女の胸元が妙に気になった。
 その後、太静香はなんとかぼくとそのマレーシア美人(以下マレ子)をくっつけたかったみたいだった。いやそれにしても、マレ子はほんとにかわいかった。なにしろ、表情が愛くるしかった。しかし、そんなマレ子にもぼくにとって決定的な欠点があった。それは…、マレ子は、

  英語ができず、なおかつ無口
 
だったのだ。
 それにくらべると、太静香はよくしゃべった。ほんとに。日本にも、というか世界中どこにでもいる典型的なおせっかいやき。あえて日本人に例えるなら"若"上沼恵美子。さらに、もう、おばちゃん気質がもう染み込んでる。でも、ぜんぜん憎めないその独特のキャラクター。しばらくして、ぼくはそれをなんとなく見抜いた。 太静香には連れ合いらしき人がいた。彼女から聞いたのだが、そいつは「Boy Friend」じゃないそうだ。どうらや太静香もマレ子も「No Boy Friend」らしい。 そうこうしているとき、ぼくは太静香に引っ張られ、彼女と彼女の連れ合いらしき人物それにマレ子とぼくの4人で

Let's Dancing

してしまった。
 ぼくは、そういうのがあんまし好きではなくて、日本での1回もディスコとかには行ったことがなかったのだ。はっきりいって、はずかしかった。でも、なんだかやけくそになって、見よう見まねでDanceしていた。結構楽しかったりした。でもぼくは、後にも先にもLet's Danceはそれだけだった。
 ぼくはカウンターに座ってウィスキーを飲んでいた。マレ子はぼくの横にいたかと思うとふとどっかへ行った(Let's Danceかなあ)。そしてまた、ふと気付くとぼくの横に座っていた。ぼくはたまに、ちらちらと彼女の横顔をのぞき込んだ。何か話かけようとするが、頼みの綱の片言英語が彼女にはほとんど通じなかった。
 「どんな仕事してるの(What kind of job, do you have?)と尋ねたつもりが、彼女は二本指と三本指を出して「23才なの」と答えた。ああ、これはだめだ、と思った。
 太静香はまたぼくたちのところへやってきて「ねえねえ、もっと仲良しにしてなさいよ」的なことを言った。そして、「今夜は彼女のとこに行って、一緒に寝れば?」と言われた。がしかし、丁重にお断りした。太静香は「どうして?」と納得のいかない様子だった。たしかにマレ子はとてもかわいかったけど、コミュニケーションがほとんどとれないのではどうしようもない。もし、万が一そうなるんだったら、太静香のほうがよかった。太静香は結構ぼくに気をつかってくれていた。そして、よくぼくに話かけてきてくれた。でも。マレ子はだめ。ぜんぜん話かけてくれなかったし、気を使ってくれるそぶりもまったくなかった。
 まあ、言葉も通じないとこで行きずりの女の子と寝て、あとから「Hey Men!」なんて大男が出てきたら怖いもんね(別にことばが通じるところでも、好ましくないんですよねこういうことは)。
 ぼくとマレ子は、ほとんど会話を交わすこともなく時間を共にした。ウィスキーと、途切れることのない音楽のなか、時間は流れていった。しかし、その時間は決してぼくにとって無駄な時間ではなかった。
 22:30ごろになって、マレ子は「バイバイ」と言って帰っていった。
 正直いって、ほっとした。でも太静香は姿を見せなかった。8:30ごろここに入ってだいたい今で2時間くらいいる。でも、雰囲気はとてもいい。1人でも十分楽しかった。

 23:00ごろ、ぼくの横に1人の女性(ややおばちゃん)と3、4人の男がやってきた。ぼくのすぐ横にすわった男は大がらな男だった。大男はずいぶん呑んでるみたいで結構酔っぱらってた。そして、少し怒っている様子。それをあとの人たちが笑いながらなだめすかしていた。ああ、ぼくも酔っぱらったらこんなふうになるんだろうなと思った。大男はほとんど何にためらいもなくぼくのたばこを吸っていた。もちろん、ぼくに断ったが(そりゃそうだ。ぼくのだもん)目を見てうなずくくらいだった。でも、それだけで十分意味は通じた。それは、とても不思議な、それでいて自然な感じだった。
 大男がぼくの2本目のたばこを吸ったとき、「ああ、彼はたばこが欲しいんだな」と思い、ぼくは自分の分を買いなおして、それまであった残りの2本を大男にあげようとした。でも、大男は酔っぱらいながらもていねいにそれを断った。そして、「オレは台湾からきたんだ」と言った。やっぱそうか。どうもヴェトナム人に見えないなと思っていた。
 ぼくは、この国に来て以来、ヴェトナム人男性が大声をあげて何か言ってる光景を見たことがなかった。ヴェトナム人男性の多くは紳士的でおとなしい。
 ぼくは大男たちをぱっとみたときから「ああ、これはChinaseだなあ」と思っていたが、まあ半分あたっていたというところだ。

 23:30。ぼくは大男と固い握手をかわしてBarをあとにした。ほんとに楽しい夜だった。出るとき、受付のおにいちゃんに「明日はこないのか?」と聞かれ、ぼくは「明日の夕方の列車でサイゴンに向かうからもうこられないんだ」と説明した。そして、どうもありがとうと言ってまた握手をして別れた。
 そして、店を出た。
 時刻は23:45。それでもぼくは夜のニャチャンの街にしばらくいたかった。ホテルの部屋に戻りたくなくて、ホテル前の道路でシクロのうんちゃん(おじさんとあんちゃん)と3人で話をした。シクロのうんちゃんは観光客相手なので、だいたいBroken English)ができる。ニャチャンでは、「ビックコックローチ事件」の話がよくうけた。あんちゃんたちもよく笑ってくれた。いろいろ話をしてて、おじさんに今日の仕事はどうだったと聞いてみると、今日は仕事がなかったそうだ。ああ、みんな笑ってるけど大変なんだなあと思った。

 いいかげんホテルに戻ろうとしたら、別のうんちゃん&夜遊び集団にみつかってしまった。またそこでいろいろ話をした。そして、話をしているうちに、若い、そう15、6才くらいの男の子がぼくの横に、文字通り"ぴったり"くっついてすわっていた。やや酔っぱらってた(ちなみにベロベロではない)のであんまし気にしなかった。いろんな人と話をしててとても楽しかった。と、そんな会話のなか、ぼくのとなりにいたおじさんが、ぴったりぼくの横にすわってる男の子、おかまなんだよということを教えてくれた。しかし、そのとき、かま男はぼくのうでに自分のうでをからめていた。
「おまえ、おかまなの?」みたいなことをぼくが言ったら、やつは両手を、そう、じゃんけんの「ぱー」の状態にしたまま、自分の左右の頬のところにもっていき、約1.5メートルほど後方へジャンプし、見事な日本語で

「おっかまーーーーっ」

と叫んだのだった。その光景は「ちょっと気持ち悪いぞ」とか、「なんかやなやつ」とか、そういう範中をはるかに越え、「見事」とか「おっ、これはすごいぞ」という域に達していた。
 そのとなりには「おー、おまんこーーー」と叫ぶエロ男がいた。ああ、この手のエロ男はどこの街にも1人や2人はいるんだなと思った。いや、この国だけでなく、この手の人物は世の東西を問わず、ある一定の割合で発生するんだなあと思った。
 ちなみち、この「おまんこさけびマン」、次の日の朝、ホテルの前で会うと、まるでにわとりが朝が来たことを告げるように、そして、小鳥たちが日の出を喜ぶかのように、

「おーーっ、お、おーーーーまんこーーっ」

 と叫んでいた。
ちょっと、J-waveのジョン・カビラ氏

「グーーーーーッモニン、Tokyo」

に似てて、さみしかった。

もう、24:30のことだった。


第四章 その4へ続く
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