「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 4-2

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第1部 Viet Nam 日誌
第4章 光と風の街・ニャチャン (2)ニャチャンの陽射し

7月15日 火曜日 快晴 晴れときどき曇り ニャチャン

 6:30起床。というか、勝手に目が覚めた。だめだ、ここのホテルは。やっぱ安いとこは、慣れないうちはそれだけ覚悟して泊まらないといけないということが身にしみてよくわかった。ぼくの頭のなかでは、このホテルはもう「Bigkコックローチ&ヤモリホテル」となってしまった。もうだめ。いくら、1泊10$だからったって、トイレに入るだけでも、なんとなくびくびくしてる。こんなんじゃあ、楽しいはずの旅行もびくびくで終わってしまう。そして朝になって気づいたのだが、ぼくは、マグライトをつけっぱなしで眠ってしまっていた。ああ、いやだ。もうぜったい別のホテルに移る。と思う前に身体が勝手に動きだしていた。もう、ビーチどころの騒ぎじゃない。とにかく、"でかいゴキブリ"のでない宿を確保しないと…。

 7:15。とぼとぼとホテルを出て歩く。ガイドブックでそこそこのホテルをピックアップし、向かう。とりあえずトンニャットホテルとエプコホテルへ。なんとか、イエルシン通りを見つけた。あとは、ビーチまで1本道。ニャチャンはいままで通ってきた街のなかでは、比較的覚えやすい街だ。トンニャットホテルの前。いやあ。Big コックホテルに比べるとでっかいホテルだ。でも、外から見た感じ、建物がちょっと古そう。相当「Bigkコックローチ事件」がこたえてるのか、「さらに」クリーンなホテルを探す。エプコホテルを探したが、結局発見することはできなかった。逆にビーチ沿いを南へ歩き、さらに宿を探す。ビーチ沿いのこの辺はBig ホテルのオンパレード。で、ぼくは何を考えたのか、その中でも、いちばんBig で高級なホテル、「マニラホテル」に入った。
 でも、なんだか変な感じだ。いくらきたない格好してても、日本人というだけで"超"高級ホテルの受付の人たちが、ニコニコしながら迎えてくれる。「ほんとにぼくは、日本人に生まれてきてよかったんだろうか…」ちょっと考えてみる。マニラホテルは、そんな、"超"高級ホテルだった。
 とりあえず、値段を聞いてみる。そうすると、これまでのホテルなら「じゃ料金交渉」だったが、ここは違った。受付のおねえさんに「これ、見てね」みたいな感じでパンフレットを渡された。するとなんと、いちばん安い部屋で、75$と書いてある。だめだこりゃ。いちおう、セオリー通り料金交渉をしてみる。それじゃあ、と2割まけて60$でどう?ときた。ここでぼくは敗北した。そして、ホテルを後にする…。さすがにここは格が違った。
 そして、となりにあるHai Yenホテルへ。なんか、よっぽど「コックローチ事件」がこたえたみたい。もう、どんどん部屋を探してる。
 ここも、どちらかというと、高級ホテルの部類に入る。でもいいや。値段ぐらい聞くだけでも聞いとこう。そして、受付へ。
 「ねえ、ねえ、チープな部屋見せてよ!」とぼく。受付のおにいちゃんが「うーん」と考えて、ほんとにチープな部屋を見せてくれた。そう、高級ホテルみたいなところにも、探せばそんな部屋はあるんだ。見せてもらった部屋は、なんと1泊15$。でも…。うーーん。ほんと、チープだ。そして、なんとなく、その部屋のトイレとシャワールームは昨日の「事件」をほうふつさせるものがある。うーん、ちょっと、ここは。と、もう一つ上の部屋を見せてもらう。
 うん、ここなら大丈夫。

 「ここいくら?」
「20$です。もうこれで、安くしてるんですよ」 と言われる。
 うーーん、そうか。じゃあ、いいよ。と、あっさり妥協。いままでの粘り腰が「事件」とともに消えてしまっていた。
 「で、この部屋、ぼくがkeepもうできるの?」
 早くも、部屋確保体勢に入る。
 「もちろんいいですよ。で、パスポートあります?」
 あ、そうか、パスポートがいるんだ。しかし今、ぼくの手元にはそれがない。現在泊まっているホテルのフロントに預けてあるのだ。
 うーん、そうか。この部屋で1泊20$、2泊で40$ね。わかった。じゃあ、ぼく10:30ころまたここに戻って来るから。いいでしょ。
 もちろんいいよ、とホテルのあんちゃん。と、そのホテルを出てさっそく"コックローチホテル"へと戻る。あ、その前にニャチャンからホーチミン・シティ(駅名はサイゴン)までも列車のキップも買わないと。そのためには高額(といっても5,000円くらい)のVNDが必要になる。ということは銀行にも寄らないと。だめなのか…。ああ、あっちこっち歩いていくのは、めんどうだなあ。でも、シクロはあんまり乗りたくないし…。
 そうしていると、やっぱり声がかかる。
でも、今度はシクロじゃなくて、バイクタクシーだった。さっそく交渉。
ここ(イエルシン通りとビーチのぶつかるところ)から、ベトコムバンクへ行き、コックホテルに戻り再びHai Yenホテルへ。これでいくら?
 「5$」とうんちゃん。じゃあいい、ぼく歩くから。じゃあ、さよなら。 だいたいこのころになると、ぼくは交渉するすべを身につけていた。 「あー、ちょっと待って」と、うんちゃん。ああ、思った通りだ。 「じゃあ、3$でいいよ」いきなり2$値切ってきた。
ほんとにそれでいいの?、とぼく。
そして、筆談で持ち歩いていた大学ノートに、どこからどこに行くかをこと細かに書いて、その横に値段を書いて、「じゃあ、ここにサインしろ」とサインをさせる。これは、あの、フエのいまいましい事件の教訓だ。しかも、この方法はかなり有効。もし、あとから金を要求されたら、このサインを見せればいい。とりあえず、バイクの料金交渉は成立。

 そして、ベトコムバンクへ。TCを現金に替えなくては。ぼくは、この国に来てTCを現金に替えたことがなかった。窓口でTCを見せる。
「パスポート見せて」と受付に人。
「え、パスポートがいるの?」とぼく。
「そうよ」
 そう、実はこれ常識だったのだ。ぼくはいままでそんなこと知らなかった。だって、ハワイじゃあ、現金と同じように使えてたのに。でも一つ勉強になった。パスポートはコックホテルに預けてある。そのうえぼくは、細かい現金を持ち合わせていない。うんちゃんのための3$もなんとか用意しないといけない。とりあえず、その場でポケットの20$を10$×2にしてもらい、その10$をさらに細かくしてもらった。でも、TCを現金に替えられなかったおかげで、行き先を多少変更してもらわざるをえなくなってしまった。
 ベトバンを出たところでうんちゃんに説明。「ごめん。実はちょっとトラブルがあってまたこのあとベトバンへ寄ってもらいたいんだ」と言うと、ああ、いいよ、とうんちゃん。どうも、ぼりそうじゃなさそうなタイプのうんちゃんだった。ああ、よかった。とりあえず、コックホテルの戻ってチェックアウト。
 コックホテルのおねえちゃんは「あら、もういっちゃうの?」と言う。ぼくは正直に事情を説明する。ああ、そうかみたいにおねえちゃんはうなずく。そしてぼくは、めでたく、コックホテルをあとに、再び、ベトバンに両替に向かう。今度はパスポートもちゃんとある。TC50$をVNDの現金に。ベトバンのおねえちゃんに「あら、また来たの」的な顔をされた。でも、今度はちゃんと替えてくれた。

 次はニャチャン駅へ。ちょっとうんちゃんに悪いなと思い5,000D渡して「今からチケット買ってくるから、これでなんか冷たいもん飲んでくれ」と言った。うんちゃんはとてもぼくに感謝してるみたいだった。シクロと違い、バイクタクシーはこれまではずれなし。みんないい人だ。
 駅に入りチケット購入。ニャチャンはフエと違い、乗車券がコンピュータ管理されていた。チケット係りのおばちゃんも、ガラス越しにいた。ぼくはまた「S1」列車のチケットが欲しかったのだが、「ソフトシートしかない」と言われた。シートじゃだめ。前に乗ったときそれは十分感じていた。しかも、ヴェトナム最後の夜だし、次の夜はもう飛行機の中だ。でも、その他では都合がいいのは「S7」(だったと思う)という列車くらいしかない。どうしよう。その列車だとサイゴンに着くのは、朝の4:00だ。でも、いすにすわって1晩揺られるよりはいいだろう。と、チケット購入。今回も何の問題もなく列車のチケットを買うことができた。307,000D。

 駅を出てHai Yeiホテルへ。うんちゃんはやっぱり、まったく追加料金を要求してこなかった。気持ちよく、ぼくを送ってくれた。朝のいそがしい時間にこれで3$なら、われながら交渉がうまくいったなと少し感心した。
 Hai Yeiホテルに着き、さっき見た部屋へと案内してもらう。部屋に入りいろいろとチェックする。しかし、ぼくにとって肝心なものがなかった。それは、フリーザーだった。「あれ、この部屋冷蔵庫ないの?」
「うん、そうなんだよ。冷蔵庫つきの部屋はもうちょっと高くなる」
 うーん。これは痛い。フリーザーがないということは、冷えたビールも飲めないし、ビーチへ持っていくための水を凍らせたりする(ただ、凍るかどうかは疑問)こともできない。あー。しばし考える。
「で、フリーザーつきの部屋はいくらなの?」
あんちゃんがフロントに電話してなにか聞いてる。
「30$」
「あー、ちょっと高い。ねー、おねがい。25にしてよ、ね、おねがい」
また、あんちゃんがフロントに電話してる。
「じゃ、25で」 
「よし、それでいいよ。じゃあその部屋見せてよ」
と次の部屋をみせてもらう。20$の部屋は前の部屋同様とても清潔だった。小さいながら、フリーザーもちゃんとついてる。うん、これでいい。
 結局ぼくは、1泊10$のコックローチホテルから、25$の高級部屋(それでも3,000円弱くらい)へ移ることに決定した。

 ぼくは、ほんとうにうれしかった。だって旅行最後のホテルなのに、トイレに入るのにもビクビクするようなホテルじゃ、あまりにもさみしすぎる。だし、この街はビーチのある観光地。このホテルだったら、ビーチも目の前。「あしたは朝からビーチに行くんだ」 そう思っただけで、ほんとに幸せな気分になった。

 Hai Yenホテルはほんと、いたれりつくせりのホテルだった。後から気づいたことなんだが、このホテル、すごくりっぱなレストランやカフェ、プールそしてなんと、ダンスホールまであった。これで1泊25$。うん、旅行の最後を飾るのにぴったしのホテルだ。ちょっと高いけどね。でも、フエのホテルより、こっちのほうがはるかにいい。ああ、あと3日くらいで日本に帰らないといけないなんて…。やっと旅に慣れてきたところなのに。なんかもったいない。
 
 11:00。ホテルの前のレンタルちゃりを借りる。ちゃりは1日2$。いちおう「1$はだめ?」と聞いてみるが、これはだめ。まあいいや。しかし、ここでもしっかりノートに値段を書いてサインをしてもらう。まあ、トラブル防止のために。ヴェトナムにきて自転車を借りたのは3回目だが、ここの自転車がいちばんよかった。まあ、よかったといっても、ブレーキがまともに効くとかそのレベルなんだけど、いいのにこしたことはない。

よく考えてみると朝ごはんを食べてなかったので、例によって屋台でPhoを食べた。ある街かどの屋台。そこには、小学生くらいの兄妹がいた。日本人がものめずらしかったのか、ぼくに話しかけてきた。前にも書いたように、ヴェトナムはサッカーがとてもさかんだった。そして、そこにいた男の子も「サッカーが好きだ」と言ってた。そこてぼくは、以外な日本人の名前を耳にした。
 ぼくは、機会があるたびに「だれか有名な日本人の名前を知ってるか?」と聞いて(もちろんことばが通じる人だけ)きたが、残念ながら日本人の名前はヴェトナムの人からは出てこなかった。まあ、日本人が有名なヴェトナム人を知らないのと同じことだ。ぼくだって有名なヴェトナム人って、ド・ムオイ共産党書記長くらいしか知らない。まあ、日本人のなかで、別格なのが「おしん」。おしんはヴェトナム人でもみんな知ってる。でも実際に生きてるわけじゃない。
 その屋台のサッカー好きの少年がぼくに「Eharaを知ってるか?」と聞いてきた。
「え、Ehara?だれそれ?ぼく知らない」
「Ehara is good player」
「Ehara Ehara…。うーーん。だれなんだろう。日本人なのかなあ?」
 しばらく考えてみてようやくわかった。それは、横浜マリノスの井原選手のことだった。「ああ、マリノスの井原ね」
「そうそう」と少年もうなずいていた。きっとそうなんだ。
 しかし11日間、ヴェトナムを旅して、出てきた日本人の名前はこの「井原」選手ただ1人だけだった。

 朝食を食べ、Hong Chong岬という景勝地へと向かう。Hong Chongへは、市街地を北へ向かい途中の道を右に折れ、しばらく行くと岬に当たるということだった。しかし、ぼくは岬を見失い、4月2日通りを北へ北へと行ってしまうことになる。炎天下のなか自転車でどんどん北へ向かう。状況はそう、あの忌まわしきフエの最悪の日、炎天下のなか必死になってお寺をめざしたときになんとなく似てる。そして、今回はどうやら道をまちがえたようだ。「おかしいなあ」ガイドブックには、街から20分と書いてあるのに、もう40分以上走ってる。そして、しまいには道路沿いの店もなくなってきて、峠道みたいになってきた。「だめだ」

 そこらへんのおっさん(正確にはおじいさんだった)をつかまえて尋ねてみる。「すいません。Hong Chong岬ってどっちですか?」と言っても通じないので、ガイドブックの写真を店「Hong Chong Hong Chong」と騒いでみる。答えは案の定うんと手前だった。ああ、引きかえさないと。
 ぼくはなんと3・メートル以上も行き過ぎていた。何度も何度も人に聞くが、いったいどの辺で曲がればいいのかさっぱりわからない。でも、みんなほんとに丁寧にぼくに道を教えてくれた。ニャチャンの人はみんな親切だ。
 結局、市街地に近いお寺、Po Nagarまで戻ってきた。では、先にお寺まいり。
 まあ、お寺は今まで同様、はっきり言ってしまえば、しけたお寺だった。でも、ここは入場料が高くなかった(5,000D)から許せた。そして、チケット売りのおねえちゃんのHong Chong岬の場所を聞きようやく岬へたどりつくことができた。

 岬までの道は、ガイドブックに書いてあったとおり、上り下りのはげしい道だった。やっとたどりついた岬は、さんざん迷ったこともあって、とても美しく見えた。すごくのどが乾いていたので、ビールを飲んで休憩。おにいちゃんが話かけてきたので、すこし話をした。そして、海辺へ。水はとてもきれいだった。岩場で何枚か写真を撮って、またコーラを飲んで休憩。灼熱の陽のもと自転車をこいでいたせいで、そうとう疲れてるみたい。ホテルに戻りたいが、まだ見たいところが残ってる。
 ああ、時間がなさすぎる。そのうえ、暑い。
休憩のあと、大仏さんを見にいくことにした。時刻は14:40。
この大仏までは迷わずに来ることができた。ニャチャン大仏はなかなかのものだった。真っ白の大仏さんは高台からニャニャンの街の見おろしていた。ほんと、日本の大仏さんと同じ。ただ、奈良の大仏さんみたいに建物の中にいるのではなく、雨ざらし。
 でもなんか不思議なもんで、大仏さんとか、立派な(ちなみにぼろぼろはだめ。なんとなく)お寺にいくと、なんかほっとして、こころが落ちつく。なんとなく「ああ、いちおう仏教徒なんだな」と感じる。
 その、大仏さんの横にあったさいせん箱に「福田三寶」という文字があった。小市民のぼくは、すごくうれしくなって、その辺の人をつかまえて写真を撮ってもらった。さらに、その下にあったお寺に「福箱」というのがあった。寺を見学してたフランス人をむりやりつかまえ、わざわざ日本語の名前で書いてあるIDカードを見せ「ねえねえ、この箱、ぼくの名前と同じなんだよ」と見せた。すると、そのフランス人は「君はリトルブッダだ」と言ってくれた。とてもうれしかった。「福田」という名前に生まれてほんとによかったなと思った。まあ、ぼくをはじめ「福」のつく方。福永さんとか、福山さんとか、おおいにそのことを誇りに持ちましょう。まあ、どうでもいいこと何ですけどね。
 しかし、このお寺にもやっぱりたくさんの物乞いの子どもとお年寄りの方がいた。
こころが痛んだ。

 大仏さんを出たとこでアイスをたべた。1,000VND。だから10円くらい。でも、とてもおいしかった。「もう1個どう?」といわれたが、迷った末やめた。
 次は教会へ。やめとこう、やめとこうと思っても、神さんや仏さんがぼくの方へ寄ってくる。教会はやっぱり、お寺と違ってなんとなく落ちつかなかった。でも、シスターの人が「いいよ」と言ってくれたので、中に入って写真を撮らせてもらった。 ぼくが今回の旅行で「キリストさんってやっぱすごいな」と思ったことが何度かあった。それは、みんなキリストのことを「知ってる」ということだった。
 サイゴン大教会の絵を見せると、ほとんどの人が「うんうん」とうなずいた。そう、掛け値なしに、有名人なんだ。キリストさんは。
 さあ、これでもうニャチャンの街はだいたいまわった。まあ、あとはホテル近くの郵便局へ行くぐらい。と、教会をあとにして、郵便局へ。その郵便局ではいろんなポストカードが売っていて、しかも自分で好きなのが選べるようになっていた。そこで、ぼくは7枚のポストカードを買った。
 もうこれで行きたいところはとりあえずない。市場にはまだ行ってないが、そこは最終日でいい。ちょっとはやいけど、ちゃりを返そう。時刻は17:40。ありがとうと言って自転車を返す。またそこで、ちゃりんこ屋のあんちゃんは、しきりにボートトリップをすすめた。ぼくもその気持ちはよくわかったが、1日ぐらいはなにもせずのんびり過ごしたい。ということで申し訳ないが、丁重に断った。

 ホテルに戻り、CNNのニュースを見た。特に日本のニュースはやってなかったが、天気予報を見ていると、どうやら日本にも梅雨が戻ってきたみたいだ。そう、ぼくが日本をたったときはまるで梅雨が明けたみたいだった。でも、今日ニュース画面をみていると、日本の真上に梅雨前線がある。
 ビールを飲み、CNNを見ながら手紙を何枚か書く。ぐずぐず書いていたので結構時間がかかった。19:40。再び郵便局へ手紙を投函しにいく。早くしないと、郵便局が閉まってしまう。幸いまだあいてた、と手紙を投函する。

 ニャチャンの夜はみんなとても楽しそうだった。ビーチにはほんとうにたくさんの人が訪れ夕涼みを楽しんでいた。なんとなく散歩しているうちにおなかがすいてきた。屋台を探し歩く。しかし、なかなか見つからなかった。あまり遠くには行きたくなかったし、適当なところでPhoを食べた。ほんとはPho Bo(豚肉入りPho)を食べたかったのだが、あいにくPho Ga(鶏肉入りPho)しかなかった。でも、ここのPho、だしが結構こってりしてて、めんがしこしこしててとてもおいしかった。
お礼を言って、また海岸沿いを歩く。真っ暗な海岸沿いを独りで歩いた。とても気持ちがよかった。真っ暗でよく見えなかったのだが、ぼくのまわり、実は無数のアベックたちがいて、いちゃいちゃしていた。ああ、電気がないということはこんな利点があったんだと、ちょっと感心した。さらに、ビーチを南へ南へと歩いた。
 すると、遊園地みたいなのが浮かび上がってきた。子どもたちが楽しそうに遊んでる。キラキラと光輝くニャチャンの街の夜は、ゆっくりと、ゆっくりとふけていった。


第四章 その3へ続く
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