「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 4-1

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第1部 Viet Nam 日誌
第4章 光と風の街・ニャチャン (1) フエからニャチャンへ 

7月14日 月曜日 曇りかな ニャチャン

 7:15起床。今までで最悪の朝だ。はっきり言って飲みすぎ。あんなにたくさんビールを飲んだうえ、部屋であのへんなワインも少し飲んでしまった。おかげで頭はガンガン。ワインはすべて下水道(があるのかどうかわからないが)へと流してしまった。もったいないとが、そういうレベルの問題ではない。第一、こんな重たいものわざわざ持って歩けない。あー、もうちょっと眠りたい。でも、電車にのらないと、チケットがパーになってしまうし、予定(そんなものあったのかな)も狂ってくる。二日酔いのまま、チェックアウトの準備をする。
 
8:00。準備完了。忘れ物がないかどうかチェックして、さあ、出発。ホテルのすぐとなりで、昨夜一緒に飲んだシクロのおっさんを発見。じゃ、行くから。さよなら。とあいさつをして別れる。ぼくの泊まってるホテルから駅までは、だいたい2・メートルくらい。電車の時間は8:50。なんだ、まだまだ大丈夫じゃないと思うかもしれないが、チケットを買ったとき、駅のおばちゃんに「8:30に駅においで。私いるから」と言われていた。いそがないと。でも、やっぱり、おなかすいてる。 急ぎ足で歩いている途中、Phoの屋台を発見。ああ、うまそう。そして、屋台のおばちゃんがぼくに手招きをする。だめだ、我慢できず時間もないのに、Phoを食べる。でも、でも、ああ、おいしい。
 ほんとは、もっとゆっくり味わって食べたかったんだけど、なにせ時間が迫ってる。がさがさとPhoを食べ、また駅へと急ぐ。ああ、やばい。間に合わないと281,000Dがおじゃんだ。
 今度はさっきと違い、小走りで駅へ駆けていく。しかし、駅まではまだ1・メートルくらいある。ああ、やばい。でも、おとといのあの苦い思い出がある。シクロには乗りたくない! でもやっぱり、そんなぼくの横に、やっぱりシクロのおっさんが。
「5,000Dでいいから、乗ってけよ」
「ほんとに5000?絶対のれ以上払わないからね」
と今度は料金先払いで、シクロに乗り込む。
「ほんと、これだけだからね」
「わかった、わかった」
この街に来て、2度目のシクロ。やっぱり、走るよりうんと速い。ああ、乗ってよかったなとこころの中で思った。
 今度は、何のトラブルもなく駅に着いた。とりあえず礼を言ってそそくさと駅構内へ。時刻は8:35。ああよかった、間に合った。でも、シクロに乗らなかったら…。あぶないとこだった。

 時間に間に合ったのがうれしかったのか、まだ酒が残ってたのか、よくわからないが、「いやー、昨日飲みすぎて寝坊しかけたよ」とまわりの人に説明してまわってた。そんなこと、ほかの人には関係ないのにね。なんでそんなことしてたのか…、よくわからない。
 ホームに出て電車を待っていると、キップを買ったときにいたおばちゃんがいた。わーわー、と喜ぶぼく、そして、苦笑いのおばちゃん。なぜぼくはこのおばちゃんに親しみを感じていたかというと、このおばちゃん、実はいなかのおばちゃん(母の姉)にすごく似てた。このおばちゃんに限らず、ヴェトナムのおばちゃんたちは、ほんと日本人のおばちゃんたちと同じ顔をしていた。
 電車がホームにすべり込んできたそのとき、そのおばちゃんが「ベッドがあいてるよ」と教えてくれた。やった、ラッキー。しかもソフトベッドだった。出発間際のばたばたしたなか、20,000D払った。ああ、これで今朝両替した20$はぱあだなあと思った。もうちょっと交渉すればよかったのかなあ。なにせ、時間がなかった。だがしかし、この20,000Dは、後から考えるとすごく安かった。
 体調悪かったせいか、ソフトベッドはすごく快適に感じた。キップを買うとき、ちゃきちゃき英国人に「シートの席は大変だからやめとけ」と言われたことの意味が、ほんとによくわかった。

 ぼくのコンパートメントには、ヴェトナム人親子(父と息子)がいた。やさしそうな人だったでなんとなく、ホッとした。列車に乗りしばし眠る。まだ、なんとなく気持ち悪い。11:00過ぎ、お昼ごはんが来た。朝、Phoを食べたし時間も早い。そのうえ、まずかった。半分くらいしか食べなかった。その後も寝たり起きたりを繰り返す。冷房が効いているコンパートメントのなかは、窓が開かず、空気はよくなかった。たまに、窓の開いているところへ行き、外の空気を吸った。その方がずいぶん気分が楽になった。

飛行機のときもそうだったが、電車も移動中はたいくつだった。なにせ、なにもすることがない。その上今回は二日酔い。体調悪し。そしてなにより、ベッドの上段は景色が見えない。ガイドブックにも書いてあったのだが、列車の移動はベッドの下段に限る。そう思った。しかし、今回のぼくのヴェトナム旅行では、金のことや時間のことを総合的に考えると、列車の移動がいちばん適していた。ニャチャンからホーチミン・シティ(サイゴン)までも列車で移動しよう。でも、やっぱベッドに限る。

 寝たり、車窓の風景をながめたりして、1日が過ぎていく。
 17:00。夕食。でもぜんぜん食欲なんかない。ごはんを半分くらい食べたところで気持ち悪くなってきた。疲れやら体調不良やらが一気にきて、ヴェトナム初のゲロッピー。
 ああ、体調最悪の1日だった。夕方も昼間のはぼ変わらぬまま過ごす。外は真っ暗。ぼくはうとうと。列車はごとごとニャチャンめざし急ぐ。ぼくの体調を気にすることなく、時は流れていく。
 夜の列車から車窓の景色をながめていて感じたことは、やっぱり電気が普及していないということだった。ぼくが見た感じでは、田舎街で電気のある家は全体の1〜2割ぐらいじゃないかなあ。しかもそれは電車から見ることができる家だから、実際はほとんどまだ電気は普及していないのではないだろうか。

21:00過ぎ、「ニャチャンについたよ」と車掌さんがぼくを起こしに来てくれた。1時間くらい早かった。いそいそと下車する準備をする。あー、やっとニャチャンに着いた。でも、当然外は真っ暗。泊まる場所も決まってない。何とかなるとはわかっていても…。やっぱり、初めての街のいきなりの夜は不安で心細い。
 列車はキラキラと電灯の光輝くニャチャン駅へと滑り込む。
 夜のニャチャン駅は電灯に照らされ、明るく輝いていた。いかにも観光地らしい駅だった。売店にはたくさんのおみやげものや、食べ物であふれていた。しかし、それは駅の構内の中だけの話だった。駅の外に出ると、やっぱ真っ暗。いるのはバイクとシクロのうんちゃんだけだった。
 初めての街、独りのぼくにシクロとバイクうんちゃんが一人づつついてくる。不安と孤独からばくはなんとなくいらいらしていた。「もー、しつこいなあ。あっちいけよ」と怒鳴りたくなったが、やっぱりできなかった。途中、シクロが去りバイク一人になった。結局このバイク、ぼくが泊まることになったホテルまで着いてきた。そのときぼくは、ガイドブックに書いてある安宿を探していた。たまに自分の居場所がわからなくなると、「ねえ、ベトコムバンク(国営銀行)どこ?」とかききながら、なんとかホテルにたどりついた。

 ぼくの宿泊費は確実に下がり続けた。最初のホーチミン・シティでは1泊40$。で、次のフエでは1日目は33$でその後は20$。そして、今度のやどは…、1泊10$。
 でも、その宿は…。やっぱり、1泊10$の宿だった。
 しかしこの部屋、いちおうエアコン付き。でもこのエアコン、なんとなく冷たい風がぶわーっとベッドの横たわるぼくの顔面に吹き付けるというモノだった。さらに、シャワーもお湯は出ないし、フロントに金庫なんかない。でも、パスポートはフロントで預かってくれるみたい。でも、なんとなく不安。部屋にある冷蔵庫はちゃんと作動してるみたい。ただ、かぎ関係はだめ。信用できない。とりあえず、金・航空券・クレジットカードは肌身はなさず持ち歩く。ただ、ビーチに行きたいから、そのときは心配だ。どうしようかな。
 あ、そうそう。ベッドメイクに人にあげる細かいお金がない。両替にいかないと、と部屋を出たそのとき、ぼくの視線の右下の方にこの国に来て初めての

 ゴキブリ

を発見してしまった。その体長は日本のそれに比べ約2回りはでかかった。あー、と思いながら視線を左の方に展開したとき、ぼくの目は別の動物の姿をとらえていた。それは、ごきちゃんほど大きくないものの、日本では(特に都会では)それほどみられないヤモリの姿だった。その後、ヤモリくんとは、トイレの中でも再会。彼(なのか、彼女なのか)は、用を足すぼくの姿をじっとながめていた。
 あー、やばい。これは。一気に自信がなくなった。
 まだ、金もあるし…。明日はもうちょっといいとこに泊まろうかなあ。せっかくの最後の街、ニャチャンだし…。しばし考えてみる。
 1泊10$の世界。うーん。こんなもんなのかなあ。


第四章 その2へ続く
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