「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 3-3

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第1部 Viet Nam 日誌
第3章 慣れはじめたぼく (3) フエの街

7月11日 金曜日 曇り ホーチミン・シティ

 この旅行によって、ぼくのなかの空港の概念は大きく書き換えられることとなった。ぼくのなかの(日本人の多くはそうだと思うのだが)空港とは、人がたくさん集まってて、すごくでかい駐車場があって、そこにはバスやタクシーが溢れてて、空港内では「Attention Please…」みたいな放送がひっきりなしに流れてて、次のフライトを表示する掲示板みたいなのがあって、それが『ザ・ベストテン』みたいにぱたぱたなってて、荷物がターンテーブルの上をぐるぐる回ってて、ゲートからはたくさんに人々が荷物を抱え到着し、人々のまわりには「SONY」とかの広告物で溢れている…。それがぼくのなかの空港の姿だった。
 タンソンニャットには、でかい「sumson」とかの看板や出迎えのたくさんの人はいた。しかし…。このフエの空港は、ぼくの中の空港のすべての要素を欠いていた。 降りたった飛行機はまるでバスのように、くるりと向きを変え空港ビル(限りなくほったて小屋に近い)のすぐ前に止まる。トントンと階段を4段降りて「空港ビル」へ。出迎えの人がぜんぜんいない訳じゃない。そこで、ぼくは自分の荷物を見失ってしまった。そう、ここにはぐるぐるまわるやつがないのだ。ふと見ると、ぼくの荷物が飛行機の近くの荷台みたいのに積まれてる。「あ、やばい。このままだとハノイまで持ってかれてしまう」と思ったぼくは、思わず荷物の方に走っていった。そうすると、係員みたいなあんちゃんが「大丈夫。今からそっちへ行ってチェックするから」と言った。あとでわかったことなんだが、ほとんどの乗客が荷物を預けずに機内に持ち込んでいたみたい。だから、みんながでかいのを持ってそのまま空港の外へ消えていったんだ。なんだ。びびらせるなよ。まあいいや。荷物もちゃんと確保できたし。
 さあ。どうやって街まで行くかな…。

 空港を出るとタンソンニャットほどではないが、タクシードライバーがいた。と言ってもぼくに声をかけてきたのタクシーとバイクの2人。まずはじめに、バイク氏が声をかけてきた。
 「Motor bike! Motor bike!」
 「おまえバイクか?」
 「そうそう」
 今日はじめてバイクに乗り、その快適さの味をしめたばかりのぼくは、心が動いた。  「そうか、バイクならきっとタクシーよりより安いはず。よし交渉に入ろうかな」と思ったそのとき、もう1人の男が現れた。

 「おれはタクシーだ」とその男は現れた。
 結局、2人でぼくを奪い合うことになった。まず、ぼくはバイク氏に聞いてみた。「How much?」こういうシチュエーションになると、ヴェトナム語(Bao nhieu)より、ついつい英語になってしまう。きっと本能的に「変なこと言っちゃまずい」と思うんだろう。バイク氏は、口ごもって何も言わなかった。もしくは、英語を理解できなかったのかもしれない。こりゃだめだ。で、タクシー氏に値段を聞いてみた。「4$」う、こりゃ安い。ガイドブックには8$と書いてあった。よし、念のためもう1度バイク氏に聞いてみよう。するとバイク氏。
「うーーーん、じゃあ4$」
 ここで勝負あり。ぼくはすかさずタクシーの方を選んだ。うーん、ほんと弱肉強食の世界。はっきりいって、バイク氏は駆け引きがへただった。たぶん慣れてなかったんだろう。だって、だれだって同じ値段だったら、タクシーの方を選ぶはず。もし、バイク氏が「3$」と言ってたら、ぼくはまちがいなくバイクの方を選んでた。 荷物をトランクにの載せ、タクシーに乗り込む。ここでもやっぱり助手席。そしてぼくは、ほんとのヴェトナムへ少しだけ、近づく。ことになる…。

 タクシー氏はクリスチャンだった。一番はじめのタクシーの時もそうだったが、車には日本と同じくお守りがある。彼のお守りは、マリアさんとキリストさんだった。そして、そのお守りに漢字で「福」の文字があしらってあった。そう「福田」(すいません、ぼくの本名)の「福」。ぼくは思わず日本語の身分証明を見せて「ねえねえ、同じでしょ」と説明する。しかし、あんまり感心してくれなかった。ちくしょう。
 しかし、この車…。
 ほんとに貧相な車だった。今から考えればホーチミン・シティのタクシーのまあ立派だったこと。なんと、メーターまでついてた(まあ、メーターにたいした意味はなかったんだが)。
 そしてこの車、いくらスピードを出しても、スピードメーターが12q/hを越えることはなかった。要するに、スピードメーターはここにくると意味をなさないのだ。人を乗せて走ればそれですべてNo Probrem。たぶんこの車、日本で買うと2万円くらいなんだろうな。まず、日本で走るには、車検を通さないとだめなので、修理代に10万以上(いや、もっと)くらいはかかるんだろう。とにかく、そんな車だった。
 
タクシーに乗ってすぐ、ぼくはまず牛を2頭引く少年を見かけた。え、まじで。でも、もちろんまじだった。その後、フエの街までの道のり、牛とにわとりは結構見た。さすがにヴェトナムに来て、街中で牛を見るのははじめてだった(除、動物園)。
ああ、そして、延々と広がる水田…。ぼくは思わず日本語で「ああ、日本と同じだ」とつぶやいた。もちろんタクシー氏にはわからなかった。
 ホーチミン・シティとはぜんぜん違った。「ああホーチミン・シティは大都会なんだ」とようやく気づいた。このへん(フエの街はずれ)に比べたらホーチミン・シティなんて東京みたいなもんだなと思った。
30分くらいで車は街についた。街だと言われるまで街だとはは思わなかった。でも、街について、街を歩いてみるとやっぱり街だった。そんな街だった。フエは。

 ぼくは、旅行に行く前、宿をどうしようかということを結構考えた。初めての独り旅だったからなおさらだ。しかし、それはぜんぜん心配することはないということが、ほんとによくわかった。なぜなら、宿はこっちから探すこともできるが、多くの場合、少なくともぼくの場合は、向こうからやってくるものだった。まあ、考えてみればそうなんだろう。だいたい、日本人旅行者=Rich Manということになってるんだから。実際、そうだし。
 で、ぼくは、タクシー氏に宿を紹介された。

 そこはBinh Minhというホテルだった。見た感じはそんなに(というかぜんぜん)けばけばしてない、ごく控えめなホテルだった。タク氏によれば、1泊20$ということだったのだが、よく話を聞いてみるとそれは2泊日からの話だった。
 とりあえず、交渉。
 ヴェトナムのホテルは、ほんとどこでもイヤな顔せず部屋を見せてくれる。というか、これが当たり前らしい。
 まず、通された部屋は203号室。いやあ、Saigonホテルより広い。前のホテル同様、ベッドがふたつある。そして、エアコン付き。で、いくらかと聞くと「45$」。あー、だめ。そんな高いとこ泊まれない。よそへ行く、と言ったら、今日は45$で明日からほかに部屋で20$にする、ときた。いや、とにかく45は高すぎ。だめ。よそに行く。じゃあ、40にするからどうだ、ときた。だめ、40でも高い、とぼくはあっさり断る。ほかで探して、いい部屋がなけりゃまた戻ってくるから、と荷物を車のトランクにまで入れたのだが、マスターに、じゃあもう1度話そう、とフロント(といってもちょろいんだが)へ戻る。じゃ、もう大まけにまけて35$でどう?と言われる。うーん。ちょっと考えるが、ここで負けるわけにはいかない。ほかのホテルは古くてたいしたことないから、と必死になって食い止めるマスター。うーん、じゃあ30にまけろ。だめか?30だったら泊まってやる。しかし、マスターもしぶとい。首を横に振る。なにせ、商売なんだから。どうしようかと迷っていたとき、「じゃ、33でどうか?」と言われた。これが、事実上の最終妥協額。うーんどうしよう。ほか探してもいいんだけどなあ…。でもまあ、そんなに悪い部屋じゃないし、もう正直いって探すのもめんどくさいし…。うーーん。よし。

     OK ! 33$

 ということで、今日の部屋は33$。で、明日は201号へ移って20$ということになった。あー、やれやれ。
 でも、結構おもしろい。こういうのも。

速報

この値切り話の日誌を書いていた今(22:20)、ヴェトナムへ来て初めての停電。だたし、10秒くらいですぐに復活。あー、東急ハンズで買ってきたマグライト、やっと役にたちそう!。別に電がうれしい訳じゃあないんですが…(と書いておきながら、実は停電が結構うれしい)。

 (で、続き)
 とりあえず部屋へ。基本的な機能はSaigonと同じ。ただ、クオリティは違う。でも、別にそれはぼくとって関係ない。はっきりいって、この部屋で十分すぎる。ただ…。Saigonに比べやや鍵関係は弱い、しかし、特に致命的な欠陥があるわけではない。ぜんぜん、大丈夫。

 だめだ。新しい街に入ると、どうしてもじっとしていられない。結構疲れてるはずなのに。おまけに、もう夕刻(17:30)。だし。すぐ日が暮れてしまうのに…。でもだめだ。少しでもいいから街を歩きたい。そんなに大きな街でもないし、ホーチミン・シティみたいに、迷子になることもないだろう。まずは、フォン河の方へ。 夕暮れのフォン河はゆったりと流れていた。この感じは日本のどの河とも違っていた。まあ、今日きたばっかりなんで、河をゆっくりながめるのはまた今度にして、とりあえず駅の方へと歩いていく。フエの駅までは結構な距離だったが、歩けない距離ではなかった。でも、駅に着いたころには、薄暗いという時間を通り越していた。だめだ、ホテルに戻らないと…。そして、またまた、迷子に。

 なんでこんなちっちゃい街で迷子にならなくちゃならないんだ!でも、なったんだからしかたない。初めての街のうえ、詳細な地図がない。とりあえず、ホーチミン・シティみたいにめくらめっぽう歩き回るのはやめよう。そして、来た道を素直に戻ることに。でも、だめだ。もっと細かい地図がないと街の様子がよくわからない。
 とにかく、もと来た道を戻り続け、ようやく宿の近くまで戻ってきた。やれやれ。でも、ぼくはよく迷子になる。まあ、歩くのがそんなに苦にならないからいいんだけど。 宿近くのレストランで、スープヌードルとレモンジュースを食べる。とそこに、となりのテーブルに、娘独り。見た目は米国人なんだが、尋ねてみると、やっぱ米国人。彼女も食事に来ていた。その後、特に会話は交わさなかったが、別れ際に「See you.」と言ったのに、なんと、無視された。なんだ、ちきしょう、ヤンキー娘め!
 
でも米国人はほんと、どこに行ってもいる。その上、いやなことに、やたら目だつ。「いったいなんなんだ、おまえらっ」って思わず怒鳴りたくなる。「おい、わかってんのか?この国をめちゃくちゃにしてったのはお前らなんだぞ!」って言いたくなる。ヤンキー娘にも、「お前の国は日本ともヴェトナムともやりあってるな」と言いたかったけど…やっぱり、言えなかった。だって、日本だってめちゃくちゃやったからね。
 だれにも言えないね。日本人は…。
 
 ホテルに帰って、ちょっと考えてみました。


第三章 その4へ続く
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