「Viet Nam 日誌」
ふくちゃん vol. 2-2

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第1部 Viet Nam 日誌
第2章 さあ、旅立ち そして異国へ (2) 異国の入り口 

7月8日 火曜日 雨 ホーチミン・シティ

 ガイドブックにかいてあったとおり、タンソンニャットのイミグレの作業は、おそろしくのろかった。ぼくのすぐ後ろには、日本人の看護婦らしき人物が2人、ぶつくさいいながらならんでいた。しかし、その時点ではわからなかったが、ぼくが今日(もっとあとでわかるが、それ以後、ぼくはフエで出雲くんたちに会うまで、日本人には会わなかった)最後に目にした日本人だった。
 
 空港を出て外へ。うわーーーーーっ。すごい人たちだ。この人たちはきっと身内の帰りを待ちわびているんだろう。
 出て、すぐのところに両替所が見えた。そう、よく考えてみれば、ぼくはヴェトナムの通貨、ヴェトナム・ドン(VND)をぜんぜん持ってない。いくらなんでも、すこしくらいは持っとかないと。
 そう考えているぼくに、1人の男が声をかけてきた。男はタクシードライバーだった。人ごみと両替にあせるぼくは、いつの間にやら、男のいいなりになっていた。気がつくと、ぼくと男の二人、人ごみから少し離れたところにいた。

 男 :Do you wanna taxi?
ぼく:Yes Yes.
男 :Are you keep hotel?
 ぼく:No No.I looking for hotel.

なんだかめちゃくちゃな片言英会話が続く。
もう、こうなったら、両替そっちのけで、市内への足を確保するための会話が続く。よく考えてみれば、ガイドブックには「タクシー、タクシー」と呼び止めるシロタクには、注意しようとかなんとか書いてあった。でも、もう遅い。だって、捕まったんだもん。
とにかくぼくは、頭のなかでガイドブックに書いてあった、安ヤドではない、「ほどほどの宿」の名前を必死になった思いだした。そんなとき、非常にわかりやすく、それほど値段も高くないと書いてあった"Saigon"という非常にわかりやすいホテルの名前を思い出した。

 男 :(片言の英語で)Saigonは50$くらいないと、泊まれないよ。それより、 ぼくの知ってるとこなら20$でエアコンもついてるからそっちにしろよ。
ぼく:No No,Saigon。Siangon。

 とにかく、これの一点張りだった。

 そして、やつは「自分はエアポートタクシーだ」ということを強調していた。ちょっと、身なりはだらしないが、いちおう、証明書も持ってるし、「まあ、乗ってくか」とそのタクシーに乗り込むことにした。

 どうやら、ヴェトナムでは、タクシー客は助手席に乗る習慣があるらしい。彼も、ぼくを乗せる際、わざわざ助手席のドアを開けてぼくを待っていた。しかし、ぼくはそれを無視して、後ろの座席へ乗り込んだ。そう、ぼくはまだ、ヴェトナム流を知らなかったのだ。 しばらく走ると、まあ、いるはいるは、もうすごい。バイクとちゃりんこの嵐。「無秩序」とは、こういうことなんだ、と思った。「うわーーーーっ」。ぼくは、タクシーのなかから何度も声をあげた。 そんな車内で、ぼくたちは、いくつかの会話を交わした。 ひとつ、確実に言えたことは、本を読んだり見たりしただけのヴェトナム語はまったく通じないということだった。なにせ、初めて耳にする言葉だし、もう、ほんと、発音がめちゃくちゃ難しい。よくヴェトナム語の本に書いてある「6声」なんて、ぜんぜんなんのことだかわからない。
ためしに一言「いくら(bao nhieu)」と聞いてみたが、まったく通じなかった。 車内でずいぶん発音を教えてもらったのだが、数時間(いや、数分かも)たったらすっかり忘れてしまった。また、勉強しなおさなくてはならない(これも後にわかることだが、それもまったく無駄なこと、それほどヴェトナム語の発音は難しいのだ)。そんな発音練習のさなかにも、彼は安ヤドをぼくに勧めた。しかし、ぼくはほとんど意地になってそれを断った。ちょっと悪いことをしたかなあ、とも思ったが、初めての独り旅。まず、その初めをより安全に、より快適に過ごすためには、それなりのリスクを負わなければならない。とにかく、Saigonホテルへと向かってもらった。

 途中、彼は大きなホテルの前に車を止め、「いいから前に乗れ」と言って、助手席のドアを開けた。まあ、その方がいろんな話もしやすいし、いいかと思い助手席に移った。彼の名前を聞いたのだが、30秒後くらいにはすっかり忘れてしまった。「Ohgood name」と言ったのに…。彼は30才だと言ってた。ほかのことは聞けなかった。意志の疎通は、この国ではなかなか難しい。でも、通いあったときはやっぱりうれしい。これは、どの国の人でも同じことなんだが。
 そんなこんなで、Taxiはホーチミン・シティへ街中と入っていった。小雨のなか、多くのバイクと共に。

 小雨の降るホーチミン・シティは何とも言葉にしがたい熱気に包まれてていた。そして、まず、目に飛び込んでくるのが、建設中の巨大ホテルたちだった。「なんだこれは」と思うような巨大建築物が2つ、3つと目に飛び込んでくる。それらを目にするたびに、ぼくはまた「うわーーーーっ」と声をあげた。
 このままいけば、15年、いや、10年先には、ものすごい街になるんだろうなあ、と思った。いや、絶対そうなるに違いない。
 そして、Saigonホテルもそんな建設途中のビルの前にあった。

 気がつくと、TaxiはSaigonホテルの正面に止まった。すぐ、ホテルの人がドアを開けに出てきた。「ちょっと待って。ぼく、ここに泊まるかどうか決めてないんだけど…」。しかし、そんなこと言う暇はまったくなかった。
 ぼくは、ホテルのロビーいた。うんちゃんもちゃんとホテルのなかまでついてくる。
 アオザイ姿のフロント係の人に、ポケットの中の単語帳を見せる。(明き部屋はありますか?)。
 笑いながら、フロント係はうなずく。そして、その瞬間から発音練習が始まる。今んとこ、ヴェトナムでは、どこにいっても発音練習だ。そして、フロントは、ぼくの発音を聞いて、大爆笑。

「おい、笑うな」

 と言えるはずもなく、「Can you speake English?」と下手に出て話をつなぐ。 片言英語で「できるだけ、安い部屋をとりたい」と言う。返事は、「1day 50$」。うっ。50$か…。ちょっと高いなあ。ねえ、「もちょっと安い部屋ない?」ホテルのロビーでおねがいしまくる。オーバーアクションの日本人がおもしろいと見えた。「じゃあ、43$はどう?」ううーー。もう1声。もう1声。とりあえず、43$の時点で部屋を見せてもらうことにした。

 えええーーーーーっ。これで、1泊43$なの。その部屋には、2つのベッドがあり、3つの椅子があり、テレビ・フリーザーはもちろん、バスタブまであった。いやあ、ちょっとぼく1人にはゴージャスすぎるよ、こんな部屋。1人で泊まっても損だ、と思うが、そんな、流暢な英語がぼくに話せるはずがない。
 結局1泊40$。3泊 120$で合意。ゴージャスな3泊となった。まあ、ホテルだけは…。
 そんな、ゴージャスホテルでぼーっと天井を見つめる。時間は17:30。まだ早い。何かできる。でも、今朝起きたのは3:45。体も結構疲れてる。でも、どうしても、時間がもったいない。せっかくホーチミン・シティに着いたんだ。
 じゃ、ちょっと、散歩でもするか。

 疲れた体にムチ打って、街へ。
 雨あがりのホーチミン・シティは、何とも言えぬ雰囲気。疲れも手伝ってなんとなくボーッとしている。
 とりあえず、サイゴン河沿いを歩く。デート中のアベックを2組発見。もちろん、そのかたわらには、バイクがある。プラプラを歩いているうちに、なんだか、どこを歩いているのか、わけがわかわなくなってきた。別に酔っぱらってるわけじゃないのに…。地図を見ながら歩いているはずなのに…。日はどんどん暮れてくる。バイクは増える。あれーー。ここはいったいどこだろう?街の看板を見ても、街の建物を見ても、いったいここがどこで、それが、何の建物なのか、さっぱりわからない。これは、やばいことになった。

「いきなり、迷子か?」

27才のぼくにとってこれは、結構きついことになってきた。ああ、でも旅の恥なんてかき捨てだ。思いきって地図を広げて、工事現場のビルの前にいたガードマンみたいな人に訪ねてみる。

 「Exquseme ah Here is …」
 そして、地図を見せる。
 しかし、そのガードマンは、にやにやしながら、あっさり首を
 
 横に振り続けたのだった。

 万事休す。こうなったら、いきなり、夜(といってもまだ7:00ぐらいなんですが)のシクロに乗るか?それとも、流しのタクシーでも拾うか。
 へとへとになりながら、ホーチミン・シティの街をさまよっていたそのとき、ぼくの目の前に巨大な建物が見えた。
 そう、それはSaigon大教会だった。助かった。ああ、神様、神様。ありがとう。これで、完全に自分の居場所を把握することができた。ああ、とりあえずはよかった。

 夜のホーチミン・シティをさまよって感じたことは、本当、街そのものがカオスだったということだ。とりあえず、インフラがほとんど整備されてない。街を歩いていても、歩道と車道の区別も、あることはあるがあいまい。雨あがりの街中。排水がうまくいってないのか、水たまりがあちこちにあった。そして、ネオン華やかな交差点のすぐそばで、一目で物乞いとわかる子どもたちがいる。そして、そこで用を足している…。
 今日だけでも、さまざまな街の人たちとすれ違った。そんな街中でひときはぼくの目をひいた物は、いろいろな日本製の物だった。車、バイクはもちろん、日本の新聞(なんと毎日だった)も売ってたし、もっとも驚いたのは、日本の歩行者用の信号機があったことだった。

そして、ホテルへ。Saigonホテルは高級ホテル。もちろんテレビもあって、なんとNHKも映るのである(画面はややザーザー。しかし、音声はクリアに聞こえる)。ベッドもバスもすごく清潔。今から考えてみれば、日本で予約できる1泊9600円のホテルって、いったいなんだったんだろうか。それを考えただけでも、ヤドなんか日本でとらなくてよかったなとこころの底から思った。
 まあ、考えただけでも、ほんとーに長い1日だった。
 今日まで、旅についていろんなことを考えてきた。そして、また、この1日で考えなければならないことできたような気がする。
 とりあえず、今日のところはこれまで。
まだまだ、旅は始まったばかりだ。


第二章 その3へ続く
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