赤津孝博氏の旅
ラオス編

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2003年3月13日季刊 旅の足跡2003春(ラオスでさんざん編)

旅をしてるといろいろな事に出くわす。日本にいたんじゃ出来ないような経験もする。 ときには驚愕したり、驚いたり、ビックリしたりする。感動したり、こころが震えたり、 むねがジーンとしたりもする。

しかし、そういった経験も旅が長くなるにつれて反比例して少なくなってくる。これは 本来非日常であるはずの旅が日常にすりかわってしまったからだと思う。簡単に言えば 「なれちゃった」ということだ。初めて見る物や、初めて経験する事でも心のどこかにある
「まあ、そういうこともあるだろう」というフィルターを無意識のうちに通して見たり 感じたりしている気がする。

それでも世の中にはビックリするようなことがあるものである。

タイからラオスに入った。タイとラオスは国境が5個所開いているがその中で一番ポピュラーなノンカイとビエンチャンの国境を越えた。なぜこのルートを選んだかというと ビエンチャンで中国ビザを取る必要があったからだ。バンコクに2週間もいたんだから その間に取っとけばよかったんじゃない?という声も聞こえるが、ビエンチャンだと交渉次第で最高3ヶ月までのビザが貰える可能性があるのだ。事実無事に3ヶ月ビザを取得することが出来た。

さて、ラオス経験者に「ラオスってどお?」ときくと必ず皆「いい所だよ」と答える。 そして必ず「何もないけどね」という言葉がその後に続くのである。これはもう100% そうである。まるで「茜さす」が「日」や「昼」に対したり、「あしひきの」が「山」、 「はだすすき」が「穂に出ず」や「尾花」を導くように「ラオス」といえば「何もない」
である。

その何も無いラオスの首都で、中国ビザ待ちのために最低でも3泊しなくてはならなかった。実際には結局4泊した。初日、ビエンチャンに到着後すぐに中国大使館で手続きをし、午後から街をぶらつく。一応観光もする。と、もうやることがなくなってしまった。

宿に戻り情報ノートを見てみると近くにサウナがある。ラオスのサウナはなかなか良いと聞いていたので夕方からいってみた。

入り口で腰に巻く布を借りて更衣室の様なところにで着替える。貴重品はロッカーが付いてるので安心だ。ところで、何という名前か知らないがこの腰に巻く布、なかなかうまく巻けないのだ。どうも地元の衆の様にうまくきまらない。どうしてもなんとなくぎこちなくなってしまうのだ。西洋人が和服を着ている感じだろうか。

腰の布を気にしながら中庭に出る。更衣室やサウナ自体は男女別だがこの中庭は男女共用のスペースとなっている。そこで、みんな水を浴びたりお茶を飲んだりして休憩している。若い女性もいる。女性は勿論腰の布だけの訳もなく胸から足首までかくす大きな布を巻いている。 それがサウナで汗をかいたり水を浴びたりで体の線が浮かんでいる。なんとなくいいなぁーと思う。べつに変な意味ではない。健康美とでもいうのだろうか。

ラオスのサウナは蒸気で薬草を燻しその煙を浴びるようになっている。なんとなく健康によさそうだ。さっそくサウナ室に入ろうと扉を開けた瞬間眼鏡が曇る。何も見えない。慌てて眼鏡を取るがやっぱり蒸気で何も見えない。そろそろと中に入っていく。先客が何人かいるようだ。

ほんの三畳ほどの広さしかない。壁際に椅子になっている。詰めてもらって腰を掛けた。 なぜか暗い。なにもこんなに暗くなくてもいいじゃないかと思うが何となくこの方が雰囲気がある気がするのも事実だ。

熱い。当たり前だ。薬草を燻したなんとも言えない香りがする。きっとこの香りにも体をリラックスさせる効果があるのだろう。汗が滴る。バンコクの安宿の部屋でかく汗はあんなに気持ち悪いのになぜサウナでかく汗は気持ちがいいのだろう。

我慢が出来なくなってサウナを出る。水を浴びたりお茶を飲んだり、女の子を横目でちらっとみたりして休憩する。そしてサウナ室へ。そんなことを何度となく繰り返す。実は日本ではサウナになんぞほとんど行ったことがないのだが、なかなか気持ちのいいものだなーと思いながら宿へと戻った。

2日目。前日に引き続きサウナへ行った。前日と同様にサウナ室で汗をかき水を浴びお茶を飲み、そして女の子を横目でちらっと見たりを繰り返していた。

何度目かにサウナ室に入っている時地元の衆と二人だけになった。広々としているので足を前に投げ出し体を少しくずす。すると突然何かが私のふくらはぎに触れてきた。「ん?」最初もう一人のやつが体を崩そうとしたとき手がぶつかったものと思った。すると今度は太股の辺りに触れてくる。「えっ、これって・・・」すると今度はさらに上の方へと手が伸びてくる。 あわててその手を振り払う。なんか言葉も発した気がするがよく覚えていない。

5分後。まださっきの奴と二人だけでサウナ室にいる。すぐに出ようと思ったのだがそれも逃げ出すようで気分が悪い。奴がどういう気でいるのかはわからないがとりあえず手をグー にして臨戦態勢を整える。煙りごしに睨み付けるが奴の顔なんかみえない。それでも睨む。

更に5分後。熱い。さっさと出ろ。

結局奴が最初に出た。一応勝ったのだろう。しばらくして外に出たがどいつがさっきの奴かわからない。なんかみんなに変な目で見られている気がしてそうそうに引き上げた。結局負けたのか?

その晩から蕁麻疹が出た。原因不明。

ビザを受け取り無り、ビエンチャンを後にして次なる目的地バンビエンに無事にたどり着くはずが移動中から調子が悪くなりヘロヘロになってバンビエンにたどり着いた。本当にかなり辛かったので宿の客引きにトゥクトゥクで宿まで連れてってもらう。ホットシャワー付き3$。 かなり熱があるようだ。布団にくるまって寝る。寒気もする。

おいおい、やばいよ。もしかして狂犬病が発病?マラリア?デング熱?腸チフス?コレラ? 等などありとあらゆるヤバそうな病名が頭に浮かぶ。だいいち下痢もしてないんだからコレラはないだろう。等と考えているうちに寝てしまったようだ。起きた時汗はびっしょりかいていたが熱は引いていた。

翌日は更によくなっていた。が、また夜になると発熱。そんなことが3日ほど続いたので病院に行くことにした。問診だけで薬の処方箋を書いてくれた。ちゃんと検査とかしなくていいのか?やばい病気じゃないのか?等とききたいがラオス語力はもちろん英語力さえなくてきけない。というか通じない。

この病院はまったくのローカルなので保険会社となんか提携してるはずも無い。あとで保険会社に治療費を請求するために診断書を書いてほしいと言うがこれも通じない。診断書が無いと自腹を切るんだろうなと思いながら先に薬を貰いに行く。ペニシリン30錠ビタミンC15錠そしてもう一種類30錠。5日分だそうだ。しめて20500kip。US$にすると$2弱。保険の手続きをするだけ馬鹿らしくなる値段だ。

その日から薬を飲みはじめた。医者に言われたとおりの分量だ。熱は下がったが体がだるい。もしかして薬の飲みすぎと思い当たったのは薬を飲みはじめてから3日目。早速薬を飲むのを止める。ぜんぜん治らない。小便がファンタやミリンダの変な味のような色をしている。なんかもう薬を飲んだ方がいいんだか、飲まない方がいいんだかわからなくなってきた。

薬を止めて(ってこれだけ読むとなんかやばいクスリやってたみたいね)翌日だかに手が痙攣して開かなくなる。宿の人に病院に連れていってもらうと、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図。交通事故があったらしい。点滴をされてぴくりとも動かない人が3、4人。みんな顔とか血だらけ。床にも血が滴ったあとが。これって院内感染の危険目茶有り?と思いながらなぜか同じ診察室の端っこのベットに転がされている。こっちは相手にしてくれない。

そうこうするうちにこっちの症状が治まってきた。事故の手当ての方も一段落付いたらしい。医者が相手をしてくれる。今の症状とその前発熱と飲んでいた薬について話す。薬が多すぎたんじゃないかとも言ってみる。医者の答えは水やソフトドリンクを多めに取りなさい。ただしフルーツシェイクは飲まないこと。これだけ。治療費、請求なし。帰りに水を2リットル買ってかえりました。

結局バンビエンで8泊。ビザ切れに追われるようにルアンパパンとウドムサイで1泊づつして中国に出てきました。どうやらラオスには歓迎されなかったらしい。

そうそう最初に熱が出て病院に行った時の病名は「クリッパー」と言われた。ネットで検索をかけたけど引っ掛からん。知ってる人いたら教えてくれー。


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