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98年冬物語 vol.1 BY 菊正敏 |
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1月5日、15時50分、予定どおり66人乗りのATR72(エアロスペシャルターボプロット機はフエ空港に到着。市街地までのエアーボートバスは前回のクラシカルなものではなく、小型マイクロバスである。外へ出ると暑さが襲ってきた。今年の冬はフエも暑く、夏ほどではないが毎日30度を超える日が続いているとのこと。いつもの季節であれば肌寒くて雨の日も多いという。これもエルニーニョ現象の影響だと、「子供の家」所長の小山さんが言っていた。 夏にこのホテルに勤めていたフロントのテー君は、チャンティェン橋のたもとに改装したばかりのモーリンホテルで働いていた。一泊50ドル以上というから宿泊客のほとんどが外国人である。彼は働きながら週の半分をフエ大学にあてているなかなかの頑張り屋である。彼からの手紙に「写真にはとても興昧はあるが、ベトナム人にとってカメラは高価で買えません」という文があった。ちなみにベトナム人の普通の公務員やサラリーマンの給与は通常約40〜50ドル前後。今回我々は新しい職場の就職祝いとして、テー君にカメラをプレゼントした。カフェテラスの制服も初々しい彼は戸惑いの表情を見せたが気持ちよく受け取ってくれた。 ドクター・スワン。私が倒れたとき、ホテルまでなんんと5回も往診し、眼科にもつれていってくれた大変お世話になったドクター。診断書に書いてあった住所を頼りにドクタ一の家をこれも突然訪間した。スワン先生は驚きの表情だっが大変喜んでくれ、後日奥様同伴で我々のホテルを訪問してくれた。 またフエの3つあるナショナルパゴダ(寺)のひとつのディエウ・デ寺の若き修行僧情平君にも再び会うことができた。彼も翌朝修行の合間を練ってホテルまでわざわざ訪ねて来てくれた。2葉のカードと漢詩に託された彼の思いやりを我々もありがたく受け取った。さらには毎日のように夕食を食べにいったホテル近くの食堂の女の子も我々のことを覚えててくれ、笑顔で迎えてくれた。 今のフエの旅の目的の一つは、お世話になったり友達になったりした人にもう一度会うということだ。こんなふうに「なぜまたベトナムか?」と考えたとき、結局、前回の旅が人と人とのすばらしい出会いを与えてくれたからだと思う。ここに私の夏の“アクシデント”が大きな意昧を持ったことは言うまでもない。 |
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