台湾の祭
99年1月

春節(旧正月)
旧暦1月1日(新暦1999/2/16、2000/2/5、2001/1/24)
大晦日から家中の大掃除をし、正月用のご馳走を準備する。この日は、遠くに暮らす家族も帰省し、家族が1ヵ所に集まって年を越す。ドアの周りなどには、縁起の良い対句を書いた赤い紙を貼り(貼春聯)、新年の幸運を祈る。また、年が明けて2日間は、新しい年と共にやってきた幸運や財運を逃さないために、ゴミを外へ出しては行けないというきまりがある。
元宵節(ランタンフェスティバル)
旧暦1月15日(新暦1999/3/2、2000/2/19、2001/2/7)

1年で初めての満月の夜を迎える日であり、春節の終わりを告げる日でもある。この日、町中に手作りの提灯を手にした子どもたちの行列が続く。特に、台北のフェスティバルは有名で、職人の作った大きな山車に乗せられた提灯や、最近ではハイテク技術を駆使したものまで様々な灯りが街を彩る。また、この日、甘い汁にもち米の団子を入れた「元宵湯圓」を食べる。元宵とはもともと小さな団子を意味し、団子はこの日の満月と家族の象徴である丸い形をしている。この団子を食べる日が、なぜランタン祭りとなったのか、その起源には仏教説をはじめ、太陽への感謝を表すという説、玄宗皇帝の夜祭り説等、諸説が伝えられている。
観音様の誕生日 日程不明
観音は紀元前300年ごろの女性で、慈愛に満ち、命あるもの全てに深い愛を注げる力を持っていたとされている。伝説によると観音は、死後、その深い愛の力で地獄を天国に変えてしまったため、地獄の王は観音を蓮の花に乗せて再び現世へ送り返したといわれている。そこで、観音は一般的には蓮の花に立ち、調和の象徴であり慈しみの露がこめられた壷を手にしているのである。観音様には果物や野菜を供え、肉類や酒はタブーとされている。また、気高く、邪悪な物を寄せ付けないほどに崇高な観音様には厄払いは必要ないため、他の祭りのように爆竹を打ち鳴らすようなことはしない。むしろ、小動物を自然へ返すなどの善行を行ったり、亡き人の霊を弔うなど静かに過すのである。
媽祖の誕生祭
旧暦3月23日(新暦1999/5/8、2000/4/27、2001/4/16)

台湾で最も信仰を集める道教の神、媽祖の誕生日を祝う祭り。この日、北港の媽祖廟には、台湾中から媽祖像を手にした人々が集まってくる。媽祖は、10世紀頃福建省に実在したと伝えられるたいへん霊力の高い女性で、その力で人々を救済してきたという。媽祖像を供えた船は海難から逃れられるとの逸話から、現在は航海の神として崇められている。台湾中にある媽祖像は、この北港の媽祖像の分身であり、この日、両者を対面させることにより、1年で衰えた霊力を高めようとするものである。廟へは、各地方で「新香団」という参詣団を結成して訪れる。この一団には、タンキーと呼ばれる霊能力者がいて神の声を人々に伝えたり、カンフーや剣の舞いを道中披露しながら進んで行く。
清明節(墓参りの日)
新暦4月5日(閏年は4月4日)

一家揃って1年に1度、先祖の墓を参る日。古くは、冬至から106日目に行われていたが、蒋介石元総統の命日が4月5日であるため、現在は4月5日を清明節とし、国民の休日となっている。中国の宗教観では、亡くなった祖先も霊として生前と同様に生き続けていると考える。そこで、祖先の霊のためにご馳走を並べ供えたり、あの世でお金に不自由しないよう紙のお金を燃やしたりする。供えたご馳走は持ち帰り、一家団欒、祖先に感謝しつついただき、あらためて血縁の団結を深めるのである。
保生大帝の誕生日
4月9日 台南県学甲、台北市保安廟

神のように人々から尊敬されて奉られている医師、呉明(保生大帝)の誕生を祝う祭り。980年、中国福建省東港県に生まれた呉明は、17才のときに母親に連れられて碧池へ行き、そこで霊や悪魔と戦う術を授けられた。その時、医術書を持ち帰った呉明は、病に苦しむ人や動物に医術を施してその命を救ったといわれている。彼の医術は大変優れており、虎に襲われた男に秘薬を用いて傷ついた体を元通りの体に直した話など、その高い医術にまつわる多くの伝説が今も残っている。そして、大陸から台湾へ祖先が移り住んだときに、この保生大帝への信仰も一緒に台湾へ伝えられたのである。台湾で300年以上もの歴史を持つこの祭りは、学甲の慈清宮が主催して行われ、祭りの中心でもあるパレードは花車、伝説の人物を模した人形行列、アクロバットなどのパフォーマンス、そして信者達の行列と続く。慈清宮を出たパレードは、かつて祖先たちが福建からの旅の末にたどり着いた河岸まで、延々3kmにも及ぶ道のりを進んで行くのである。
また、この祭りは学甲の他にも台北市の保安廟でも行われている。
端午節(龍舟祭)
旧暦5月5日(新暦1999/6/18、2000/6/6、2001/6/25)

旧正月、中秋節と並んで三大行事の一つ。この日、台湾中の町でドラゴンボートレースが行われる。特に、台北の淡水河、高雄の愛河、台南の運河、宜蘭の冬山河などが有名。起源は諸説あるが、中国戦国時代の楚の宰相、屈原の不遇の死を悼み、入水自殺した彼の遺体を魚の餌食にさせまいと、何艘もの舟が捜索したり、水面を叩いたりしたことから始まったとされている。また、この時魚が遺体を食べぬようにまいた餌がもち米であり、ここから粽を食べる習慣が出来たと伝えられている。
城隍爺の誕生祭
旧暦5月13日(新暦1999/6/26、2000/6/14、2001/7/3)
中国人の厚い信仰心に支えられる道教の神の一人、城隍爺の誕生祭。城隍爺は街を守り、善悪を区別し、悪事を働いた霊魂を地獄へ送る仕事をしている。そこで、いつでも街の人間の行いに目を光らせ、その行いの記録を閻魔大王に報告する役目を担っている。台湾には、40以上の城隍廟があり、中でも台北の霞海城隍廟での誕生祭は盛大で有名。城隍爺はもとよりその家臣に扮した人達によって数時間にも及ぶパレードが行われる。
中国美食節
8月 台北世界貿易センター・外資協会展覧会

歴代皇帝の好んだ宮廷料理の展示や、今や中華料理のメッカとされる台北でも有名な、一流コックによる中華料理の実演、料理講座が開催される。詳しくは中華民国観光局まで。
中元節
旧暦7月15日(新暦1999/8/25、2000/8/14、2001/9/2)

古来より中国では、1年に1月、霊界の扉が開き放たれ、霊魂たちが下界へ降りてくると信じられてきた。この一月を「鬼月」といい、成仏できずにさまよえる霊、子孫がなく弔ってもらえない霊が悪霊となって悪さを働くため、人々は悪霊を怒らせないよう生活に気を配って過ごす。そして、このような亡霊達を慰めるための儀式が行われる。そのクライマックスを迎えるのが、7月15日の中元節の日である。寺廟には多くの食べ物が供えられ、夜には廟の庭に悪霊のために宴が用意され、溺死した亡霊のために灯篭流しが行われる。特に基隆の灯篭流し、「放水灯」は有名。
情人節(七夕)
旧暦7月7日

七夕のお祭りにちなんで、台湾の若者の間ではこの日、異性に花束やカードを送ったり、夜遅くまでデートを楽しんだりする。
中秋節
旧暦8月15日(新暦1999/9/24、2000/9/12、2001/10/1)

春節、端午節と並び、中国三大節句の一つ。1年でも最も美しい満月の見られるこの時期に行われる、月見の行事。月に住む美女やウサギのために、月餅を供え、家族で月見を楽しむ。その昔、中国が蒙古に支配されて、厳しい管理下にあったとき、漢民族は蒙古軍に反抗する機会をうかがっていた。この計画を蒙古軍に知られることなく、人々に知らせるために、その旨を書いた紙を月餅に忍ばせて各家庭に配り、一斉蜂起は成功、明朝樹立へと歴史が作られたとの逸話が残っている。
孔子節(教師節)
新暦9月28日

中国の偉大な思想家、孔子の功績を称え、教師の手本としてその精神を受け継ぐために作られた祝日。台北、影化、高雄、台南など各地の孔子廟で大祭が催される。儀式は夜明けと共に始まり、普段は静かな孔子廟に人があるれる。しかし、その内容は他の祭礼に比べて粛々とした荘厳なものである
国慶節(双十節)
新暦10月10日

辛亥革命の成功を祝う、いわば台湾の国家の誕生日である。1911年10月10日、孫文率いる革命軍が、武昌で蜂起を敢行した記念日で、盛大な軍事パレードが台湾総統府前で行われる。広場では中国の伝統舞踏や音楽が披露され、お祭り気分を盛り上げている。
王船祭
旧暦4月(慶安宮)と9月(東隆宮)の中旬(新暦2000/5月又10月)

疫病の神様「王爺」を鎮めるために、舟を焼いて祈願する祭り。昔は立派に作った船を海に流していた。そしてこの舟が流れ着く台湾南西海岸では、王爺廟を建てて船と共に来た疫病の神を大切に奉り、疫病が流行らないよう願った。しかし、技術の進歩と共に沈むことなく流れ着く船が増え、廟を建てることが負担となってきたため、日本統治時代に、政府の指導の下、船を燃やすことになった。一隻に何百万円もかかる豪華な船の燃え尽きる様は壮観。中でも、台湾南部東港の東隆宮と台南県西港の慶安宮で行われる王船祭は見事。どちらも3年に一度(丑、辰、未、戌年)にしか開催されない。
青山王の誕生祭
旧暦10月22日(新暦1999/11/29、2000/11/17、2001/2/6)

1854年、台北の萬華で伝染病が大流行した時、この病を鎮めるために遠く福建省から運ばれた神像があった。この像を廟へ奉納しようと御輿に乗せて運んでいる最中に、急に御輿が重くなり、全くその場から動かなくなってしまった。そのため、人々はそこへ廟を建て、その像を奉った。するとたちどころに疫病は治まり、街に平和が訪れた。この像こそ青山王である。この青山王のモデルは、三国時代(3世紀ごろ)の張滾とういう将軍で、人々から大変慕われていた。死後も神として人々の生活を守り、また、城隍爺のように人々の言動に目を光らせている。誕生祭のパレードは、単に祭りの行列なのではなく、年一回青山王自身が街を見回るといった意味合いも含まれている。

台湾先住民の祭り
ほとんどが収穫を祝う祭り。民族性が色濃く出ていて、見ていて飽きない。
アミ人の豊年祭
収穫に感謝し、来年の豊作を祈る祭り。7〜8月にかけて行われる。最終日には一晩中踊り明かす。
ルカイ人の豊年祭
空中ブランコのような儀式が有名。ブランコを揺らす青年が、ブランコに乗る少女が着地する瞬間にプロポーズする儀式。
サイセットの人々のこびと祭り
昔、サイセット人のとなりに小人の一団が暮らしており、両部族は互いに交流を深めていたが、ある時トラブルが起こり、サイセットは小人の一族を皆殺しにしてしまう。それ以来村では災難が後を絶たず、小人の一族の祟りであろうということで、一族の霊を鎮めるために祭りが行われるようになった。
ヤミ人のトビウオ祭り
トビウオがやって来る2〜6月の間、様々な儀式が行われる。祭りの期間中は念入りに化粧をし、男性は伝統的なふんどしに銀貨で作った円錐形の兜をかぶるなど、いろいろなしきたりがある。

中国・台湾の民族工芸、芸能
餅人形、飴人形
餅人形は、もち米や小麦粉をよくこねた後、色を付けて物語の登場人物などを形作る。飴人形はガラス細工のように空気で飴を膨らませながら造形する。どちらも元は子供の菓子に過ぎなかったが、今では立派な伝統工芸品となり、もっぱら鑑賞用とされている。
切り紙
はさみを自在に使って、一枚の紙から模様や形を切り抜く物で、完成品を額に入れて飾ったり祭りに使かったりする。
彫刻
台湾の寺院の屋根や壁には、昔から見事な彫刻が施されていたが、民衆の間でも木材や竹を使った彫刻品が数多くあり、土産物として出回っている。
龍の舞・獅子の舞
かつては疫病を追い払うために舞われた勇壮な龍の舞と、雨乞い神事のために舞われ、獅子と道化が追いかけっこをして人々を笑わせてくれる獅子の舞だが、今日では神事としてというよりも、様々な行事で欠くことの出来ない催し物になっている。10月10日の国慶節には総統府前で演じられ、この舞を鑑賞するには良い機会となる。

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