見所の情報
DELHI(デリー) インド



デリーは、発展を続ける若々しい「現在」と、ムガール王朝の繁栄を今に伝える「過去」という二つの顔をあわせ持つ町である。
インドの首都であるニューデリーは、英国統治時代に英国人エドウィン・ルディスが設計し、計画的に作られた町で、整然とした街区には庭園や建物がバランス良く配置されている。このニューデリーの一番の繁華街がコノート・プレースである。ここには円形広場を中心に三本の環状道路がのびており、その両側に商店やレストラン、ホテルや政府の観光局といった建物が並んでいる。
一方、ムガール王朝第五代皇帝シャー・ジャハンの作った町オールドデリーは、巨大な赤い城(ラール・キラ)を中心とした、伝統と文化の薫り高き街並みである。ラール・キラから西へとのびるチャンドニ・チョークは、オールドデリー一の繁華街。下町情緒あふれる町で様々な人種が生活をし、寺院やモスクも多く、インドの縮図と呼ばれることもある。

ベストシーズン

10−3月

服装
夏期:木綿の服、冬期:セーター類が必要

現地での問い合わせ
インド政府観光局
ニューデリー:ジャンパトゥ通り88番、T3320005

見所

( )内はコノート・プレースからの距離
ジャンタル・マンタル(Jantar Mantar Observatory)
〜22:00 (0.4km)
天文学者として有名なジャイプールのマハラジャ、ミルザ・ラジ・ジャイ・シン2世の建てた天文台。
インド門(India Gate) (2.2km)
第一次世界大戦の、インド軍兵士戦没者慰霊の為の凱旋門。不朽の兵士を称えて、門の下には鉄兜をのせたライフルが突き立てられ、屋上には永遠の炎が燃えつづけている。
ラシュトラパティ・バーワン(Rashtrapati Bhavan)
(1.6km)
1929年に完成した元インド総督府で、現在は大統領官邸として使われている。330エーカーの敷地には、堂々たる建物や庭、迎賓館が建つ。裏手のムガール庭園は年に一度だけ一般公開されている。
ラクシュミ・ナラヤン寺院(Lakshmi Narayan Temple)(2km)
市内でもっとも参拝者の多い寺院。1938年建立のヒンズー寺院だが、仏教寺院も並んでいる。
国立博物館(National Museum)(2.5km)
4000年に及ぶインド・アジア大陸の歴史、遺産を展示している。
フェローズシャー・コトラ(Ferozshah Kotla)(3km)
1354年、フェローズシャー・トゥグルクによって築かれた、デリー第5番目の都の跡。
プラナ・キーラ(Purana Qila) (3.2km)
ムガール皇帝フマユーンからデリーを奪ったアフガニスタンの統治者、シエール・シャーが建てたと言われている城。八角形の赤砂石の塔、シエール・マンジールの裏には発掘を見学する観覧席が設けられており、また貴重な出土品は博物館に展示されている。
フマユーンの墓(Humayun's Tomb) (4.8km)
入場料:0.5ルピー 金曜日は無料
フマユーン皇帝の妃、ハージ・ベーガムによって建てられた庭園形式の廟。後に造られたタジ・マハールにも多大な影響を与えた。
ラージ・ガート(Raj Ghat) (4km)
建国の父、マハトマ・ガンジーを荼毘に付した場所に、彼の最後の言葉「ハレラマ(おお、神よ)」が台座に刻まれた黒大理石が置かれている。インド各地から彼の遺徳をしのんで大勢の人々が訪れる。
ロディの墓(Rodi Tomb) (4.8km)
広大な庭園の中にサイイド調、ロディ調のいくつかの墓がある。中でもムハマッド・シャーとシッカンダール・ロディのものが有名。
モス・キ・マスジッド(Moth ki Masjid) (6km)
ロディ形式の中で最も美しいといわれるモスク。
ティーン・ムルティ・ハウス(ネルー博物館) (Teen Murti House) (4km) 月曜休館日
英国統治時代インド陸軍総司令官邸として使われていた建物で、1948年からはジャヤハルラル・ネルー元首相が官邸としていた。現在は同首相に関するものを展示する博物館になっている。
毎夕、日没後にソニエ・ルミエール「運命との出会い」が上演される。
サフダルジャンの墓(Safdarjang's Tomb)(4.8km)
ムガール皇帝ムハメッド・シャーの宰相、サフダルジャンの墓で、広大な庭園の中に建つ。1753年に彼の息子シアウッド・ダウラーが父の為に建てた。
ジャマ・マスジッド(Jama Masjid) (6.4km)
ミナレットへの入場料:0.5ルピー
シャー・ジャハン皇帝の建てた最後の建物で、大きな礼拝は全てここで行われるというインド最大の回教モスク。
レッド・フォート(ラール・キラ)(Red Fort) (6.4km)
入場料:0.5ルピー 金曜日は無料
1638年、皇帝シャー・ジャハンがアグラからデリーのこの地に遷都した。これが「シャージャハナバード」として有名な7番目の都である。
ラホールに向かって建つというラホール門から入る。城内のナウバート・ハーナ(中門)、ディワン・イ・アーム(謁見の間)、ディワン・イ・カース(閣議室)、ラング・マハール、カース・マハール、モティ・マスジッドは見物。デリーとこの城にちなんだソニエ・ルミエール(光と音の演出)が毎夜上演される。
アショカ王の勅令(Ashoka's Edicts) (10km)
アショカ王の勅令を刻んだ石がバハプール村のカルカ・デビ寺院付近から出土し、紀元前3世紀にはデリーに大きな集落があったことを裏付ける資料として注目されている。
キルキ・マスジッド(Khirki Masjid) (16.2km)
城塞のようにも見えるモスク。2階の窓が透かし(キルキ)になっている所からこの名が付いた。これにちなんで周辺の村にもこの名が付いた。
クトブ・ミナール(Qutab Minar Complex)
4人以上の団体なら、最初のバルコニーまで上ることが可能。入場料:0.5ルピー
5階層から成る、デリーで最も有名な遺跡。勝利の記念碑であると同時に、礼拝時間を告げる告知塔でもあった。園内にはクワットウル・イスラム・モスク、チャンドラバルマンの鉄柱、アダム・ハーンの墓などがある。
トゥグラカバード(Tughlakabad)
市の南に位置する広大な城塞の跡。3番目のデリーの都で、13の門を持つ広大な城都だったが、聖人ハザラット・ニザムウッディーンの呪いを受けたと伝えられている。

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