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DELHI(デリー) インド |
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デリーは、発展を続ける若々しい「現在」と、ムガール王朝の繁栄を今に伝える「過去」という二つの顔をあわせ持つ町である。 インドの首都であるニューデリーは、英国統治時代に英国人エドウィン・ルディスが設計し、計画的に作られた町で、整然とした街区には庭園や建物がバランス良く配置されている。このニューデリーの一番の繁華街がコノート・プレースである。ここには円形広場を中心に三本の環状道路がのびており、その両側に商店やレストラン、ホテルや政府の観光局といった建物が並んでいる。 一方、ムガール王朝第五代皇帝シャー・ジャハンの作った町オールドデリーは、巨大な赤い城(ラール・キラ)を中心とした、伝統と文化の薫り高き街並みである。ラール・キラから西へとのびるチャンドニ・チョークは、オールドデリー一の繁華街。下町情緒あふれる町で様々な人種が生活をし、寺院やモスクも多く、インドの縮図と呼ばれることもある。 |
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| 夏期:木綿の服、冬期:セーター類が必要 |
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インド政府観光局 ニューデリー:ジャンパトゥ通り88番、T3320005 |
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| ( )内はコノート・プレースからの距離 | |
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ジャンタル・マンタル(Jantar Mantar
Observatory) 〜22:00 (0.4km) 天文学者として有名なジャイプールのマハラジャ、ミルザ・ラジ・ジャイ・シン2世の建てた天文台。 |
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インド門(India Gate) (2.2km) 第一次世界大戦の、インド軍兵士戦没者慰霊の為の凱旋門。不朽の兵士を称えて、門の下には鉄兜をのせたライフルが突き立てられ、屋上には永遠の炎が燃えつづけている。 |
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ラシュトラパティ・バーワン(Rashtrapati
Bhavan) (1.6km) 1929年に完成した元インド総督府で、現在は大統領官邸として使われている。330エーカーの敷地には、堂々たる建物や庭、迎賓館が建つ。裏手のムガール庭園は年に一度だけ一般公開されている。 |
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ラクシュミ・ナラヤン寺院(Lakshmi Narayan
Temple)(2km) 市内でもっとも参拝者の多い寺院。1938年建立のヒンズー寺院だが、仏教寺院も並んでいる。 |
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国立博物館(National Museum)(2.5km) 4000年に及ぶインド・アジア大陸の歴史、遺産を展示している。 |
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フェローズシャー・コトラ(Ferozshah Kotla)(3km) 1354年、フェローズシャー・トゥグルクによって築かれた、デリー第5番目の都の跡。 |
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プラナ・キーラ(Purana Qila) (3.2km) ムガール皇帝フマユーンからデリーを奪ったアフガニスタンの統治者、シエール・シャーが建てたと言われている城。八角形の赤砂石の塔、シエール・マンジールの裏には発掘を見学する観覧席が設けられており、また貴重な出土品は博物館に展示されている。 |
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フマユーンの墓(Humayun's Tomb) (4.8km) 入場料:0.5ルピー 金曜日は無料 フマユーン皇帝の妃、ハージ・ベーガムによって建てられた庭園形式の廟。後に造られたタジ・マハールにも多大な影響を与えた。 |
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ラージ・ガート(Raj Ghat) (4km) 建国の父、マハトマ・ガンジーを荼毘に付した場所に、彼の最後の言葉「ハレラマ(おお、神よ)」が台座に刻まれた黒大理石が置かれている。インド各地から彼の遺徳をしのんで大勢の人々が訪れる。 |
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ロディの墓(Rodi Tomb) (4.8km) 広大な庭園の中にサイイド調、ロディ調のいくつかの墓がある。中でもムハマッド・シャーとシッカンダール・ロディのものが有名。 |
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モス・キ・マスジッド(Moth ki Masjid)
(6km) ロディ形式の中で最も美しいといわれるモスク。 |
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ティーン・ムルティ・ハウス(ネルー博物館) (Teen
Murti House) (4km) 月曜休館日 英国統治時代インド陸軍総司令官邸として使われていた建物で、1948年からはジャヤハルラル・ネルー元首相が官邸としていた。現在は同首相に関するものを展示する博物館になっている。 毎夕、日没後にソニエ・ルミエール「運命との出会い」が上演される。 |
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サフダルジャンの墓(Safdarjang's Tomb)(4.8km) ムガール皇帝ムハメッド・シャーの宰相、サフダルジャンの墓で、広大な庭園の中に建つ。1753年に彼の息子シアウッド・ダウラーが父の為に建てた。 |
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ジャマ・マスジッド(Jama Masjid) (6.4km) ミナレットへの入場料:0.5ルピー シャー・ジャハン皇帝の建てた最後の建物で、大きな礼拝は全てここで行われるというインド最大の回教モスク。 |
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レッド・フォート(ラール・キラ)(Red Fort)
(6.4km) 入場料:0.5ルピー 金曜日は無料 1638年、皇帝シャー・ジャハンがアグラからデリーのこの地に遷都した。これが「シャージャハナバード」として有名な7番目の都である。 ラホールに向かって建つというラホール門から入る。城内のナウバート・ハーナ(中門)、ディワン・イ・アーム(謁見の間)、ディワン・イ・カース(閣議室)、ラング・マハール、カース・マハール、モティ・マスジッドは見物。デリーとこの城にちなんだソニエ・ルミエール(光と音の演出)が毎夜上演される。 |
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アショカ王の勅令(Ashoka's Edicts)
(10km) アショカ王の勅令を刻んだ石がバハプール村のカルカ・デビ寺院付近から出土し、紀元前3世紀にはデリーに大きな集落があったことを裏付ける資料として注目されている。 |
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キルキ・マスジッド(Khirki Masjid)
(16.2km) 城塞のようにも見えるモスク。2階の窓が透かし(キルキ)になっている所からこの名が付いた。これにちなんで周辺の村にもこの名が付いた。 |
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クトブ・ミナール(Qutab Minar Complex) 4人以上の団体なら、最初のバルコニーまで上ることが可能。入場料:0.5ルピー 5階層から成る、デリーで最も有名な遺跡。勝利の記念碑であると同時に、礼拝時間を告げる告知塔でもあった。園内にはクワットウル・イスラム・モスク、チャンドラバルマンの鉄柱、アダム・ハーンの墓などがある。 |
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トゥグラカバード(Tughlakabad) 市の南に位置する広大な城塞の跡。3番目のデリーの都で、13の門を持つ広大な城都だったが、聖人ハザラット・ニザムウッディーンの呪いを受けたと伝えられている。 |
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